とびきり寒い冬でした。出発前にこごえるからだをあたためようと熱いお茶を用意し、帰ったときにこまらないように薪をたくさん運びこみ、雪でとびらがうまってもだいじょうぶなようにスコップを門柱にくくりつけ、そんなことをしているあいだに、うっかりと玄関に置き忘れてしまったのでしょう。ずいぶんとおくにまできてから、サンタクロースはプレゼントをつめこんだふくろがないことに気がつきました。目のまえには、もう目ざす町のあかりが見えています。教会の鐘が真夜中をうちました。
いまからとりにもどったら、夜は明けてしまいます。なにしろ家は、北のはてなのです。さて、どうしたものかとサンタクロースはかんがえこみました。
クリスマスの朝にプレゼントがないなんて、そんなかなしいはなしはありません。左のポケットをさぐってみると、チーズのかけらがひとつ出てきました。これではプレゼントにはなりません。右のポケットをさぐってみるとキャンディーがひとつ出てきました。これならまあ、プレゼントにならないことはないかもしれません。けれど、ひとりぶんです。
だれひとりプレゼントがもらえないよりも、たったひとりでもプレゼントをもらえるひとがいたほうがましかもしれません。どうがんばったって、どうせ間に合わないのです。それなら、たったひとつだけでも笑顔をふやしたほうがいいでしょう。肩をすくめると、サンタクロースは最初にたずねるはずの子どもの家にむかいました。
「メリー、クリスマス」
サンタクロースは小さくつぶやきました。そして、すやすやとねむっている小さな女の子のまくらもとにぶら下げられたくつしたに、そっとキャンディーを入れました。今年の仕事は、これでおしまいです。もうプレゼントは残っていないのです。サンタクロースは、泣きたいような、笑いたいような気持ちになりました。荷物をちょっとわきにおいたときのようすまで、はっきりと思い出せます。そのくらいに記憶はしっかりしているのに、忘れ物をしてしまうのです。もういいかげん、としをとってしまったんだなあと、なさけなくなります。けれど、そんな自分がこっけいに感じられます。むかしからあわてんぼうと笑われて、いろんな失敗をしてきたことが思い出されます。
とにもかくにも、急ぐことはありません。リストのつぎに行っても、わたすものがありません。さて、帰ろうかと腰をあげたとき、サンタクロースはたいへんなことに気がつきました。女の子がベッドのなかでぱっちりと目をあけて、こっちを見ているのです。
サンタクロースは、気づかれてはなりません。ただ、こういう事故は、たまには起こるものです。そのときには、もちろん魔法を使います。子どもの記憶を消してしまうことはできません。そんなことをしたら、クリスマスの楽しさも消えてしまいます。消すのではなく、それを夢の中に混ぜてしまいます。朝、目が覚めたとき、子どもはサンタクロースの夢を見たのか、それとも本当にサンタクロースがやってきてくれたのか、わからなくなっているでしょう。
やれやれ、めんどうなことになった。サンタクロースはそう思いました。あとしまつの魔法は、ちょっとめんどうくさいのです。急いでたくさんの子どもたちをおとずれなければならないサンタクロースにとっては、うれしくない事故です。けれど、今夜はなにも急ぐことはありません。なんだったらこの女の子と少しの間、おしゃべりをしたっていいのです。
だからサンタクロースは、もういちど、少しだけ声を大きくして言いました。
「メリー、クリスマス」
女の子は、パッとベッドから起き上がりました。そして、すぐにくつしたになにか入っているのに気がつきました。
「プレゼントだよ」
サンタクロースはやさしく言いました。そんなことを子どもに直接言うのは、もう何十年ぶりでしょうか。
「新しいマフラーをありがとう」
女の子は、礼儀正しく言いました。
「おやおや。ごめんなさいね。マフラーじゃないんだ」
「でも、おかしいわ」
女の子はたしかめるように、もういちどサンタクロースをじっと見つめました。こんなふうに見られると、サンタクロースはどぎまぎしてしまいます。
「お母さんが、今年のクリスマスはサンタさんに新しいマフラーをお願いしなさいって、言ったの。だから私は、新しいマフラーをくださいって、お祈りしたんだわ。だからこれは、ぜったいにマフラーじゃなきゃいけないの」
「ごめんねえ」
サンタクロースは苦笑いしないわけにいきませんでした。
「手ちがいがあったんだよ。プレゼントの荷物をわすれてしまってね。ポケットに入ってたのがこれだけさ」
サンタクロースは、くつしたのなかからさっきのキャンディーを取り出して見せました。
「これでがまんしてくれるかい?」
女の子の目がかがやきました。
「うれしい」
それから、ちょっとあたりをみまわすようにしてから、小さな声で言いました。
「ほんとはわたし、マフラーはほしくなかったんだ。くまのもようのがあるから。おかあさんはあれはもう小さいし、よごれているし、新しいのをお願いしなさいっていうんだけど、私はいらないの。くまのがいいの。でも、あれは古いから……」
女の子はちょっとことばをつまらせました。それから大きく笑いました。
「だから、サンタさんは、ほんとにわかってくれたんだなって。キャンディー、ありがとう」
サンタクロースは笑い出さずにいられませんでした。これでこの一年分のしあわせをもらえたとさえ思いました。そして、それじゃああとは魔法をかけてこの家を出て、そして早めの店じまいをしようと立ち上がったとき、女の子がなにかを自分に向かってさし出しているのに気がつきました。
「メリー、クリスマス」
女の子は、まじめくさって言いました。女の子の手には、真新しいクレヨンのセットがにぎられていました。
「これ、プレゼント」
「そうかい」と、サンタクロースは言いました。
「だれからもらったのかな。だいじにつかいなさいよ」
「ううん」
女の子は頭をふりました。
「そうじゃなくて、これ、サンタさんへのプレゼント」
「おやおや」
サンタクロースはひどくおどろきました。なにしろ、サンタクロースといえばクリスマスプレゼントをあげる人です。もらう人ではありません。
「これは、ありがとうを言わなきゃいけないな」
「へんなこと言っちゃだめ」
女の子はあいかわらずまじめに言います。
「ありがとうは、ちゃんと、ありがとうっていうの」
「あ、ありがとう」
そう言ったサンタクロースのむねに、奇妙な感覚がひろがりました。プレゼントをもらうのは、こんなにわくわくすることなんだと、サンタクロースははじめて気がついたのです。
「ありがとう」
サンタクロースの声に、女の子はにっこり笑いました。そして、二人は声をそろえました。
「メリー、クリスマス!」
さて、外に出たサンタクロースは、家に帰ろうとして、ふと気がつきました。ポケットの中には、いまもらったクレヨンのセットが入っています。これを使えば、もうひとりだけ、プレゼントを届けることができるはずです。荷物を忘れた自分の失敗でがっかりする子どもは、一人でも少ないほうがいいはずです。サンタクロースは、リストの二番目の子どものところに急ぐことにしました。
二番目の子どもは、ベッドの中にいませんでした。まっくらな部屋のなかで、窓ぎわにすわってじっと空を見ていました。こういうことも、たまにはあります。絶対にサンタクロースの姿をたしかめてやろうと、がんばっている子どもはいるものです。もちろんそういうときにも、サンタクロースは魔法を使います。夢のなかに落ちこんでいく子どもは、自分がサンタクロースを見たのか、サンタクロースを見た夢を見ただけなのか、自信がもてなくなるわけです。
サンタクロースがおどろいたのは、子どもが起きていたことではありませんでした。そうではなく、子どもが、実はまったく子どもではなかったことです。これはめったにないことです。
サンタクロースは、サンタクロースを信じる人のところだけにあらわれます。そして、サンタクロースを信じているのは、小さい子どもだけです。大きくなると、ひとはどういうわけだか「サンタクロースなんていない」って言いはじめるのです。そして、そうなったら、もうサンタクロースのプレゼントはもらえません。リストからそっとはずされてしまうのです。
けれど、めったにないことですが、何十万、何百万人に一人、いつまでもすなおにサンタクロースを信じつづけるひとがいるものです。そういうひとは、たいていは世の中からばかにされます。あのひとはいつまでも子どもみたいだと、相手にされません。だれも信用して仕事をまかせてくれないので、たいていはまずしいものです。そういうまずしさにまけて、サンタクロースなんて信じられなくなるひとが多いのです。そうなるとそのひとは、「あのひとも一人前になった」とまわりから言われるのです。それでもなかには、まずしさにもまけずに、いくらまわりから変な目で見られても、サンタクロースを信じつづけるひとがいるのです。
この若者も、そんなごくまれなひとりでした。そしてこのクリスマスの夜に、サンタクロースがやってくるはずの夜空をながめて詩をつくっていたのです。
「ああ、やっと来てくれましたね」
若者は、落ちついてサンタクロースに向かって言いました。
「あなたが来てくれるのを知っていたから、部屋をあたたかくしておきましたよ」
そういう若者の部屋のストーブには、これっぽっちも火の気はありません。この冬に入ってから、ずっとそうです。若者には、薪を買うお金もないのです。
それでも部屋は、たしかにほんのりとあたたかいのです。それは、若者の心のなかで、お客さまをむかえるほのおがあかあかと燃えているからでした。若者の想像力のなかで、ストーブの火はさっきからずっと燃えさかっているのです。
サンタクロースには、それがわかりました。だから、サンタクロースは、自分の魔法でストーブに火をつけました。それから、油の切れたランプに小さな光をともしてやりました。それから、さっき女の子にもらったクレヨンのセットを、若者にさしだしました。
「メリー、クリスマス」
若者はほほえみました。
「おやおや、うれしいな。こうやってクリスマスにプレゼントをもらえるなんて、なんて世界はすてきなんだろう」
そして、プレゼントのつつみをひらいて、ちいさな声をあげました。
「これはすばらしい。ぼくはずっと絵をかきたかったんだ。絵の具が買えなくなってから、もう長いこと絵をかいていない。そのあいだにかきたいものがこんなにたまっていたんだもの」
「じゃあ、これで思い切りかいたらいい」
サンタクロースは、うれしくなりました。自分のプレゼントがひとをよろこばせるところを見ることは、サンタクロースにはあんまりないのです。
「そうさせてもらうよ」
若者は言うのももどかしいように、部屋のすみにつんであった古紙をひろげました。きれいなところを選んでカンバスにすると、12の色を使ってきようにクリスマスの夜空をかきはじめました。
「うまいもんだなあ」
急ぐ必要のないサンタクロースは、若者のみごとなうでまえを感心してながめていました。たちまち一枚の作品ができあがります。
「つぎはあなたをかいてあげよう」
若者は言うと、サンタクロースの肖像画をかいていきます。その絵には、愛に満ちた老人の心が、手にとるようにえがかれていきます。若者の手は止まることがありません。
「さあ、これがぼくからのあなたへのプレゼントだ」
若者は、照れくさそうに完成した絵をサンタクロースにさしだしました。どれも、本当にみごとなできばえです。
「おねがいをしていいだろうか?」
サンタクロースは、えんりょがちに若者に言いました。
「実は、ひとりの女の子の絵をかいてほしいんだ」
「どんな女の子ですか?」
サンタクロースは、プレゼントのリストの三番目を見ました。じっと見ていると、やがてそこにプレゼントを待ちわびている小さな子どものすがたがうかびあがりました。
「こんな子だよ。わかるだろう」
若者はこっくりとうなずくと、またクレヨンをうごかしはじめました。いくらもたたないうちに、一枚の絵が生まれました。
「ありがとう」
サンタクロースは、心からのお礼を言いました。
「これで、つぎの子どもにプレゼントができた」
けれど、三番目の子どもも、やっぱりベッドのなかにはいませんでした。いいえ、その体はベッドのなかにあったのです。けれど、たましいは、そのほんの数時間前に、急な熱病のせいで天国に召されてしまっていたのでした。サンタクロースのプレゼントは、まにあわなかったのです。
いつもの年なら、こんな偶然に出くわしても、サンタクロースは、そこで立ち止まることはできません。まわらなければいけない子どもたちがたくさんいるからです。けれど、今年にかぎっては、サンタクロースは、なにも言わずにとおりすぎることができませんでした。
「おくやみをもうしあげます」
サンタクロースは、女の子のまくらもとにたたずむ父親と母親に、ていねいにいいました。ふつうなら、大人はサンタクロースにおどろくものです。けれど、かなしみが二人の心をすなおにしていました。なにもあやしむこともなく、ふたりはサンタクロースに力なく感謝しました。
「いまさらかもしれませんが、これがこの子へのプレゼントです」
サンタクロースは、さっき若者にかいてもらった女の子の肖像画をさしだしました。そうすべきではなかったなと、サンタクロースは、その瞬間に思いました。ふたりが一気になみだを流しはじめたからです。
「ありがとうございます」
けれど、意外なことにかえってきたのは感謝の言葉でした。
「せめてこの子の思い出に、たいせつにすることにしましょう」
それから、ふたりはちょっと相談すると、サンタクロースにむかって言いました。
「ここに、この子のために用意したプレゼントがあります。今年は特にたくさん用意したのです。こんなことになるなんて、おもいもよらなことでした。元気にあそんでもらおうと、こんなにたくさんあります。どうか、これを、この子のように小さな子どもたちのために役立ててやってもらえないでしょうか」
そんなわけで、今年もサンタクロースは、たくさんの子どもたちに、プレゼントをくばってまわることができました。あなたのところに届いたプレゼントも、そんなふうにしてサンタクロースがとどけてくれたのかもしれませんよ。
「メリー、クリスマス」
いまからとりにもどったら、夜は明けてしまいます。なにしろ家は、北のはてなのです。さて、どうしたものかとサンタクロースはかんがえこみました。
クリスマスの朝にプレゼントがないなんて、そんなかなしいはなしはありません。左のポケットをさぐってみると、チーズのかけらがひとつ出てきました。これではプレゼントにはなりません。右のポケットをさぐってみるとキャンディーがひとつ出てきました。これならまあ、プレゼントにならないことはないかもしれません。けれど、ひとりぶんです。
だれひとりプレゼントがもらえないよりも、たったひとりでもプレゼントをもらえるひとがいたほうがましかもしれません。どうがんばったって、どうせ間に合わないのです。それなら、たったひとつだけでも笑顔をふやしたほうがいいでしょう。肩をすくめると、サンタクロースは最初にたずねるはずの子どもの家にむかいました。
「メリー、クリスマス」
サンタクロースは小さくつぶやきました。そして、すやすやとねむっている小さな女の子のまくらもとにぶら下げられたくつしたに、そっとキャンディーを入れました。今年の仕事は、これでおしまいです。もうプレゼントは残っていないのです。サンタクロースは、泣きたいような、笑いたいような気持ちになりました。荷物をちょっとわきにおいたときのようすまで、はっきりと思い出せます。そのくらいに記憶はしっかりしているのに、忘れ物をしてしまうのです。もういいかげん、としをとってしまったんだなあと、なさけなくなります。けれど、そんな自分がこっけいに感じられます。むかしからあわてんぼうと笑われて、いろんな失敗をしてきたことが思い出されます。
とにもかくにも、急ぐことはありません。リストのつぎに行っても、わたすものがありません。さて、帰ろうかと腰をあげたとき、サンタクロースはたいへんなことに気がつきました。女の子がベッドのなかでぱっちりと目をあけて、こっちを見ているのです。
サンタクロースは、気づかれてはなりません。ただ、こういう事故は、たまには起こるものです。そのときには、もちろん魔法を使います。子どもの記憶を消してしまうことはできません。そんなことをしたら、クリスマスの楽しさも消えてしまいます。消すのではなく、それを夢の中に混ぜてしまいます。朝、目が覚めたとき、子どもはサンタクロースの夢を見たのか、それとも本当にサンタクロースがやってきてくれたのか、わからなくなっているでしょう。
やれやれ、めんどうなことになった。サンタクロースはそう思いました。あとしまつの魔法は、ちょっとめんどうくさいのです。急いでたくさんの子どもたちをおとずれなければならないサンタクロースにとっては、うれしくない事故です。けれど、今夜はなにも急ぐことはありません。なんだったらこの女の子と少しの間、おしゃべりをしたっていいのです。
だからサンタクロースは、もういちど、少しだけ声を大きくして言いました。
「メリー、クリスマス」
女の子は、パッとベッドから起き上がりました。そして、すぐにくつしたになにか入っているのに気がつきました。
「プレゼントだよ」
サンタクロースはやさしく言いました。そんなことを子どもに直接言うのは、もう何十年ぶりでしょうか。
「新しいマフラーをありがとう」
女の子は、礼儀正しく言いました。
「おやおや。ごめんなさいね。マフラーじゃないんだ」
「でも、おかしいわ」
女の子はたしかめるように、もういちどサンタクロースをじっと見つめました。こんなふうに見られると、サンタクロースはどぎまぎしてしまいます。
「お母さんが、今年のクリスマスはサンタさんに新しいマフラーをお願いしなさいって、言ったの。だから私は、新しいマフラーをくださいって、お祈りしたんだわ。だからこれは、ぜったいにマフラーじゃなきゃいけないの」
「ごめんねえ」
サンタクロースは苦笑いしないわけにいきませんでした。
「手ちがいがあったんだよ。プレゼントの荷物をわすれてしまってね。ポケットに入ってたのがこれだけさ」
サンタクロースは、くつしたのなかからさっきのキャンディーを取り出して見せました。
「これでがまんしてくれるかい?」
女の子の目がかがやきました。
「うれしい」
それから、ちょっとあたりをみまわすようにしてから、小さな声で言いました。
「ほんとはわたし、マフラーはほしくなかったんだ。くまのもようのがあるから。おかあさんはあれはもう小さいし、よごれているし、新しいのをお願いしなさいっていうんだけど、私はいらないの。くまのがいいの。でも、あれは古いから……」
女の子はちょっとことばをつまらせました。それから大きく笑いました。
「だから、サンタさんは、ほんとにわかってくれたんだなって。キャンディー、ありがとう」
サンタクロースは笑い出さずにいられませんでした。これでこの一年分のしあわせをもらえたとさえ思いました。そして、それじゃああとは魔法をかけてこの家を出て、そして早めの店じまいをしようと立ち上がったとき、女の子がなにかを自分に向かってさし出しているのに気がつきました。
「メリー、クリスマス」
女の子は、まじめくさって言いました。女の子の手には、真新しいクレヨンのセットがにぎられていました。
「これ、プレゼント」
「そうかい」と、サンタクロースは言いました。
「だれからもらったのかな。だいじにつかいなさいよ」
「ううん」
女の子は頭をふりました。
「そうじゃなくて、これ、サンタさんへのプレゼント」
「おやおや」
サンタクロースはひどくおどろきました。なにしろ、サンタクロースといえばクリスマスプレゼントをあげる人です。もらう人ではありません。
「これは、ありがとうを言わなきゃいけないな」
「へんなこと言っちゃだめ」
女の子はあいかわらずまじめに言います。
「ありがとうは、ちゃんと、ありがとうっていうの」
「あ、ありがとう」
そう言ったサンタクロースのむねに、奇妙な感覚がひろがりました。プレゼントをもらうのは、こんなにわくわくすることなんだと、サンタクロースははじめて気がついたのです。
「ありがとう」
サンタクロースの声に、女の子はにっこり笑いました。そして、二人は声をそろえました。
「メリー、クリスマス!」
さて、外に出たサンタクロースは、家に帰ろうとして、ふと気がつきました。ポケットの中には、いまもらったクレヨンのセットが入っています。これを使えば、もうひとりだけ、プレゼントを届けることができるはずです。荷物を忘れた自分の失敗でがっかりする子どもは、一人でも少ないほうがいいはずです。サンタクロースは、リストの二番目の子どものところに急ぐことにしました。
二番目の子どもは、ベッドの中にいませんでした。まっくらな部屋のなかで、窓ぎわにすわってじっと空を見ていました。こういうことも、たまにはあります。絶対にサンタクロースの姿をたしかめてやろうと、がんばっている子どもはいるものです。もちろんそういうときにも、サンタクロースは魔法を使います。夢のなかに落ちこんでいく子どもは、自分がサンタクロースを見たのか、サンタクロースを見た夢を見ただけなのか、自信がもてなくなるわけです。
サンタクロースがおどろいたのは、子どもが起きていたことではありませんでした。そうではなく、子どもが、実はまったく子どもではなかったことです。これはめったにないことです。
サンタクロースは、サンタクロースを信じる人のところだけにあらわれます。そして、サンタクロースを信じているのは、小さい子どもだけです。大きくなると、ひとはどういうわけだか「サンタクロースなんていない」って言いはじめるのです。そして、そうなったら、もうサンタクロースのプレゼントはもらえません。リストからそっとはずされてしまうのです。
けれど、めったにないことですが、何十万、何百万人に一人、いつまでもすなおにサンタクロースを信じつづけるひとがいるものです。そういうひとは、たいていは世の中からばかにされます。あのひとはいつまでも子どもみたいだと、相手にされません。だれも信用して仕事をまかせてくれないので、たいていはまずしいものです。そういうまずしさにまけて、サンタクロースなんて信じられなくなるひとが多いのです。そうなるとそのひとは、「あのひとも一人前になった」とまわりから言われるのです。それでもなかには、まずしさにもまけずに、いくらまわりから変な目で見られても、サンタクロースを信じつづけるひとがいるのです。
この若者も、そんなごくまれなひとりでした。そしてこのクリスマスの夜に、サンタクロースがやってくるはずの夜空をながめて詩をつくっていたのです。
「ああ、やっと来てくれましたね」
若者は、落ちついてサンタクロースに向かって言いました。
「あなたが来てくれるのを知っていたから、部屋をあたたかくしておきましたよ」
そういう若者の部屋のストーブには、これっぽっちも火の気はありません。この冬に入ってから、ずっとそうです。若者には、薪を買うお金もないのです。
それでも部屋は、たしかにほんのりとあたたかいのです。それは、若者の心のなかで、お客さまをむかえるほのおがあかあかと燃えているからでした。若者の想像力のなかで、ストーブの火はさっきからずっと燃えさかっているのです。
サンタクロースには、それがわかりました。だから、サンタクロースは、自分の魔法でストーブに火をつけました。それから、油の切れたランプに小さな光をともしてやりました。それから、さっき女の子にもらったクレヨンのセットを、若者にさしだしました。
「メリー、クリスマス」
若者はほほえみました。
「おやおや、うれしいな。こうやってクリスマスにプレゼントをもらえるなんて、なんて世界はすてきなんだろう」
そして、プレゼントのつつみをひらいて、ちいさな声をあげました。
「これはすばらしい。ぼくはずっと絵をかきたかったんだ。絵の具が買えなくなってから、もう長いこと絵をかいていない。そのあいだにかきたいものがこんなにたまっていたんだもの」
「じゃあ、これで思い切りかいたらいい」
サンタクロースは、うれしくなりました。自分のプレゼントがひとをよろこばせるところを見ることは、サンタクロースにはあんまりないのです。
「そうさせてもらうよ」
若者は言うのももどかしいように、部屋のすみにつんであった古紙をひろげました。きれいなところを選んでカンバスにすると、12の色を使ってきようにクリスマスの夜空をかきはじめました。
「うまいもんだなあ」
急ぐ必要のないサンタクロースは、若者のみごとなうでまえを感心してながめていました。たちまち一枚の作品ができあがります。
「つぎはあなたをかいてあげよう」
若者は言うと、サンタクロースの肖像画をかいていきます。その絵には、愛に満ちた老人の心が、手にとるようにえがかれていきます。若者の手は止まることがありません。
「さあ、これがぼくからのあなたへのプレゼントだ」
若者は、照れくさそうに完成した絵をサンタクロースにさしだしました。どれも、本当にみごとなできばえです。
「おねがいをしていいだろうか?」
サンタクロースは、えんりょがちに若者に言いました。
「実は、ひとりの女の子の絵をかいてほしいんだ」
「どんな女の子ですか?」
サンタクロースは、プレゼントのリストの三番目を見ました。じっと見ていると、やがてそこにプレゼントを待ちわびている小さな子どものすがたがうかびあがりました。
「こんな子だよ。わかるだろう」
若者はこっくりとうなずくと、またクレヨンをうごかしはじめました。いくらもたたないうちに、一枚の絵が生まれました。
「ありがとう」
サンタクロースは、心からのお礼を言いました。
「これで、つぎの子どもにプレゼントができた」
けれど、三番目の子どもも、やっぱりベッドのなかにはいませんでした。いいえ、その体はベッドのなかにあったのです。けれど、たましいは、そのほんの数時間前に、急な熱病のせいで天国に召されてしまっていたのでした。サンタクロースのプレゼントは、まにあわなかったのです。
いつもの年なら、こんな偶然に出くわしても、サンタクロースは、そこで立ち止まることはできません。まわらなければいけない子どもたちがたくさんいるからです。けれど、今年にかぎっては、サンタクロースは、なにも言わずにとおりすぎることができませんでした。
「おくやみをもうしあげます」
サンタクロースは、女の子のまくらもとにたたずむ父親と母親に、ていねいにいいました。ふつうなら、大人はサンタクロースにおどろくものです。けれど、かなしみが二人の心をすなおにしていました。なにもあやしむこともなく、ふたりはサンタクロースに力なく感謝しました。
「いまさらかもしれませんが、これがこの子へのプレゼントです」
サンタクロースは、さっき若者にかいてもらった女の子の肖像画をさしだしました。そうすべきではなかったなと、サンタクロースは、その瞬間に思いました。ふたりが一気になみだを流しはじめたからです。
「ありがとうございます」
けれど、意外なことにかえってきたのは感謝の言葉でした。
「せめてこの子の思い出に、たいせつにすることにしましょう」
それから、ふたりはちょっと相談すると、サンタクロースにむかって言いました。
「ここに、この子のために用意したプレゼントがあります。今年は特にたくさん用意したのです。こんなことになるなんて、おもいもよらなことでした。元気にあそんでもらおうと、こんなにたくさんあります。どうか、これを、この子のように小さな子どもたちのために役立ててやってもらえないでしょうか」
そんなわけで、今年もサンタクロースは、たくさんの子どもたちに、プレゼントをくばってまわることができました。あなたのところに届いたプレゼントも、そんなふうにしてサンタクロースがとどけてくれたのかもしれませんよ。
「メリー、クリスマス」