子どものためのおはなし
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悪魔はジョージアへ

5/18/2015

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悪魔が一匹、ジョージアにやってきました。この悪魔、人の魂を盗むのが仕事です。ここのところあまりいい仕事をしていないので、悪魔のかしらにしかられないかと心配でした。そこで、賭けをして魂を盗むことにしました。

森に入っていくと、一人の木こりが木を切っています。大変な力持ちで、大きな斧を振り回し、太い木をまるでバターでも切るようにかんたんに切り倒しています。悪魔はしめしめと思いました。そして、木こりに声をかけました。
「どうだ、おれとおまえ、どっちがはやく木を切れるか、競争してみないか」
木こりはばかにしたように笑いました。
「おまえさんがどれほど腕の立つ木こりか知らないがね、斧を持たせて俺にかなうやつなんかいないよ。無駄なことはやめときな」
悪魔はほくそえみました。自信がある男ほど、だましやすいのです。
「たしかにおまえさんは凄腕の木こりかもしれないがね。どうだ、ここに金の斧がある。俺に勝ったらこの斧をやるが、どうだ」
木こりはしばらく考えていました。それから、ふん、っと笑って、答えました。
「いいだろう。だが、お前が勝っても、俺にはやるものなんかなにもないよ。ご覧のとおり、貧乏人でね」
「なあに、お前の魂をくれればいいのさ」
木こりはじっと悪魔を見ました。どうやら、目の前にいるのが悪魔だと気がついたようです。けれど、木こりはもういちど、ふん、っと笑いました。
「いいだろう。悪魔だか何だか知らないが、俺が負けるわけはない。さあ、勝負だ。俺はこっちの木を切る。お前はそれだ。太さは同じ。文句はないだろう」
悪魔はすっかり嬉しくなりました。
「よし。お前が勝ったら金の斧、俺が勝ったらお前の魂」

さて、悪魔との勝負をする前に知っておかなければならないことがあります。悪魔なんて、本当は何の力ももっていないのです。けれど、悪魔は幻を見せることができます。鏡に写った姿を本当だと思い込ませることができるのです。ですから、相手が強ければ強いほど、悪魔も強く見えるのです。人間には、悪魔の力を越えることができないように見えます。だってそれは、自分自身の力なんですから。そして、悪魔は疲れを知りません。幻は疲れないのです。けれど人間は疲れてしまいます。だから、いつか悪魔の方が勝つに決まっているのです。

木こりは、ありったけの力を振り絞って斧をふるいました。いつもよりもずっとはやく、木屑が飛びます。「どんなもんだい」と思って悪魔を見ると、なんと、自分と同じくらいに切れています。「これはまずい」と思ってもっと一生懸命に斧を振ります。「こんどこそどうだ」と思って見ると、やっぱり悪魔も同じだけは切っています。「負けるものか」と頑張って木を倒したのですが、まったく同時に悪魔の木も倒れました。
「勝負なしだな」
悪魔は笑いました。
「どうだ、もう一回やってみるか。それとも降参か」
「そっちこそ降参しろ」
木こりはむきになって、もう一本の木を切りはじめました。悪魔も隣の木を切りはじめました。
ところが今度は木こりはさっきよりもずっと疲れています。悪魔の方は、そんなようすはつゆほどもありません。なぜなら悪魔の見せる幻は、最初の勝負のときそのままだからです。
こうして悪魔は木こりに勝ち、木こりは魂を悪魔にとられてしまいました。

「人間なんてバカなやつらよ」
悪魔は笑います。そうなのです。勝負ははじめからわかっています。悪魔と競って、勝てるわけはありません。それなのに悪魔との賭けにのってしまうのは、人間の心が弱いからです。神様は、賭け事をしてはいけないとおっしゃいます。それは、人間の心が弱いことを知っていらっしゃるからです。その神様の教えに背いて悪魔との賭けに挑むとき、もうその人の心は半分は地獄に落ちています。だから、悪魔がその魂を手に入れるのはかんたんなことなのです。

木こりの魂をとらえた悪魔は、笑いながら森を進んでいきました。しばらく行くと、鉄砲打ちに出会いました。鉄砲打ちは、遠くはなれたこずえにとまっていた鳥を、たった一発でしとめました。
「なかなかいい腕だな」
悪魔は声をかけます。
「だが、おれにはかなうまい」
「何を言う。おれほどの鉄砲打ちは、このあたりにはおらん」
「じゃあ、賭けをするか。お前が勝ったら金の鉄砲をやろう。その代わり、負けたら魂をよこせ」
こうして、悪魔は鉄砲打ちの魂も奪いました。

やがて森を抜けると、悪魔は一軒の酒場にたどり着きました。悪魔は嬉しくてしかたありません。なぜなら、酒場には弱い心がたくさんあるからです。いくらでも魂が奪えるぞと、悪魔は舌なめずりをしました。
酒場の奥には小さな舞台があり、そこでひとりのフィドル弾きがフィドルを弾いています。
「いいぞ、ジョニー」
酔っ払いたちがはやし立てます。ジョニーとよばれたフィドル弾きは、浮かれて、陽気な曲をかなでます。フロアでは楽しそうに踊るひとたちもいます。
「なかなかいい腕だな」
悪魔がジョニーに近づきました。。
「だが、おれにはかなうまい」
ジョニーはフィドルを置いて、笑いました。
「何を言うか。おれほどのフィドル弾きは、このあたりにはおらん」
「じゃあ、賭けをするか。お前が勝ったらこの金のフィドルをやろう。その代わり、負けたら魂をよこせ」
あたりはしんと静まり返りました。だれもが悪魔の企みを知ったのです。けれど、ジョニーは勇敢に笑いました。
「いいだろう。だが、後悔するなよ」
悪魔は、にかにか笑うと、フィドルを構えました。もうジョニーの魂はもらったも同然だと思ったのです。罠にかかった小鳥のようなもの。自信がある男ほど、地獄に落ちるのは早いもの。そして、猛烈に弾きはじめました。
悪魔のフィドルは怖ろしいほど上手でした。それはそうでしょう。悪魔が見せているのは、鏡に写ったジョニーなのです。ジョニーがうまければうまいほど、悪魔はもっとうまくなれるのです。誰もが息を飲みました。
ジョニーの表情は凍りつきました。悪魔の腕は確かなものです。勝てるかどうかわかりません。いや、負けるものかとジョニーは思いました。
悪魔の奏でるメロディは、だんだんと壮大になっていきます。その曲を聞いている人は、目の前に地獄の景色が見えるような気がしました。灰色の空の下、たくさんの救われない魂がうごめいています。稲妻がひかり、魔王があわれな魂を踏みつけて歩きます。すすり泣きが心をかき乱します。救いのない後悔と虚しい懺悔を、フィドルの弦が浮き彫りにしていきます。
ジョニーは、この地獄の景色を目の前に見て、はっと気づきました。自分がいま、まさにその地獄に落ちようとしているのだということに気づいたのです。そして、神様に祈りました。どうか、この地獄から救ってくださいと、一心に祈りました。
悪魔が弾き終えたとき、もう、ジョニーは何も考えていませんでした。悪魔に勝つことも負けることも、金のフィドルのことも、すっかり忘れていました。ただ、心の中には神様への思いだけがありました。
ジョニーは静かに弾きはじめました。悪魔は笑いました。さっき自分が弾いた曲に比べて、あまりにも芸がないと思ったのです。けれど、ジョニーはそんな悪魔には目もくれず、奏でつづけます。
人々の心に、爽やかな風が吹きはじめました。地獄をおおっていた灰色の雲が吹き飛ばされていきます。罪人たちのすすり泣きが消えていきます。魔王はとまどいの表情を浮かべました。どこからか気持ちのいい歌声が聞こえてきます。
そして、光が一筋さしました。フィドルの音が、輝く雲をていねいに描いていきます。やがて太陽が顔を出しました。メロディが一気に山場を迎えます。地獄の景色にもまして壮大な、天国の輝きが広がっていきます。魔王は逃げ出しました。罪人たちは喜びの声を上げ、生まれ変わります。すべてが光の中に輝き、そして曲は終わりました。
悪魔は、うなだれました。なぜ自分が負けたのか、わかりませんでした。けれど、勝負は明らかです。だまって金のフィドルを差し出すと、こそこそと逃げはじめました。
「待て、悪魔」
ジョニーは高らかに笑いました。
「お前のおかげで俺は救われた。どうだ、もう一番、今度は一緒に弾かないか」
「俺がお前を救っただと?」
「そうだ。おまえがあまりにうまかったから、俺には地獄がはっきり見えた。だから俺は悔い改めることができた。悔い改めて神様にすがることができたんだ。俺の力では、お前に勝つことなどできなかった。人間の力なんてつまらないもの。それに気づかない俺がバカだったよ。けれど、神様が助けてくれた。それもこれも、お前のおかげで悔い改めることができたからだ」
「いや、それはあんたの力だよ」
ひとりの年寄りが、酒場の隅で立ち上がりました。
「そいつは芯から偽者だ。ジョニー、あんたの腕を真似してるだけさ。あんたがうまいから、こいつが上手に弾けた。もしもあんたが音楽の力で悔い改めることができたんだとしたら、それはあんたがうまいからだよ」
あちこちから拍手が起こりました。ジョニーは笑うと、フィドルを取り上げました。
「さあ、それではお祝いの歌だ」
そして、ジョニーは力一杯、喜びのメロディを奏でました。酒場中に笑いがこだましました。
悪魔は、いつの間にか消えてなくなっていました。
(初出:June 14, 2009)
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冬の日のギター弾き

5/18/2015

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いまから80年ぐらい前の話です。

シカゴという大きな街の片隅の狭い地下室に、ギター弾きがギターを抱えてうずくまっていました。寒い寒い部屋です。部屋の真ん中にはストーブがあるのですが、もう何日も火が入っていません。石炭を買うお金がないのです。パンを買うお金もないので、ギター弾きはお腹がぺこぺこでした。
こんなに寒くて、お腹が減っていては、何もできません。それでもギター弾きは、ギターを抱えます。ギター弾きにとって、ギターだけは裏切らない仲間でした。そして、どんなに怖いときでも、ギターさえ抱えていればだいじょうぶだという気持ちになれたものです。

メンフィスという田舎町の近くの農場で、ギター弾きは生まれました。小さいころから、綿畑ではたらいてきました。雨が降った日には、おじさんがギターを教えてくれました。やがておじさんが死んで、ギターは自分のものになりました。
そのギターといっしょにシカゴに出てきたとき、ギター弾きはあまりの賑やかさにぼうぜんとしました。見知らぬ街で、とても心細くなりました。けれど、ギターを抱えて歌いはじめたとたん、そんな心細さは消えてしまいました。
やがて、ギター弾きは酒場で歌うようになりました。たくさんのひとが、ギター弾きにお金をくれました。「おい、歌ってくれよ」「おまえの歌を聞いてると元気が出るぜ」「朝まで踊り明かしたいんだ。よろしく頼むよ」。男たちはそんなふうに言って、ポケットからひとつかみのお金を出してギター弾きに握らせました。ギター弾きは、力の限り、ギターを弾き、歌を歌い続けました。

そんなふうにして、このアパートを借りた最初の冬は、ストーブは赤々と燃えていました。ギター弾きのポケットには、たっぷりとお金があったのです。みんなが自分を好いてくれて、そして自分はみんなが好きで、だからこんなに気持ちよく暮らせる。ギター弾きは幸せでした。

ところが、去年の秋頃から、急に誰もお金をくれなくなったのです。ギター弾きの歌に力がなくなったのでしょうか。いいえ、ギター弾きは、これまで以上にいっしょうけんめい歌っています。では、みんながギター弾きのことをもう好きではなくなったのでしょうか。いいえ、だれもが以前よりもっとギター弾きのまわりに集まります。「おまえさんの歌でなぐさめられたよ」「そうだよ、みんな苦しいんだよなあ」。そんなふうにギター弾きを励ましてくれます。ただ、だれもお金をくれません。
なぜでしょう。かんたんなことです。みんなのポケットにお金がなくなったからです。昔と同じように、みんなはポケットに手を突っ込んで、ひとつかみのお金をギター弾きに渡そうとします。けれど、ポケットの中で、手は空を切ります。お金がないのです。

みんなのポケットにお金がなくなったから、ギター弾きのポケットにお金がなくなりました。じゃあなぜ、みんなのポケットにお金がなくなったのでしょう。それは、ギター弾きにはわかりませんでした。

だから、ギター弾きは、寒さをこらえて、自分の部屋で火の気のないストーブを見つめているしかないのです。ほんとうに、がまんできないほど寒い。ギター弾きの頭に、ひとつの考えが浮かびます。そうだ、このギター。このギターはよく燃えるだろうな。このギターを燃やしてしまったら、この寒さが少しはしのげるかもしれない。

けれど、ギター弾きはすぐに考え直します。なんて馬鹿げた考えだ。燃やしてしまうぐらいなら、いっそ売ってしまえばいいんだ。売ってしまえば、いくらかのお金にはなるだろう。そのお金で石炭を買えばいい。パンを買えばいい。

けれど、それはもっと馬鹿げた考えのようにも思えました。そうやってわずかの石炭やパンを買っても、一週間もつでしょうか、二週間もつでしょうか。それが過ぎれば、もう何も希望はありません。ただひとりの味方であるギターがなくなってしまえば、ギター弾きはもう生きていくことはできません。どうやってお金を稼げばいいのでしょう。ギター弾きは、ギターを弾いて歌を歌うことしか知らないのです。

いえ、もうひとつの生き方を知っていたはずです。生まれたときから、綿畑ではたらいて、まずしいながらもどうにか生きてきました。ふるさとに帰れば、きっとなんとかなるはずです。すくなくとも、こんな寒いシカゴで凍え死んでしまうよりはましではないでしょうか。

そう、ギターを売ってしまって、そのお金で切符を買うのです。メンフィスに帰れば、きっといまよりはましな毎日が待っているはずです。もうこうなっては、それ以外に方法はないのではないでしょうか。

ギター弾きは、のろのろと立ち上がりました。二年間住んだ狭い部屋をひとわたり眺めました。何一つ、余分なものは残っていません。着るだけのものを着てしまえば、はじめてここに来たときと同じように、がらんとした部屋です。ギター弾きは、ただひとつ残ったつくりつけのストーブにさよならを言いました。そして、ギターを手に、ふるさとへの一歩を踏み出しました。

ギターは思ったよりも高く売れました。ギター弾きは駅に向かいました。メンフィス行きの汽車が発車するまで、もう少し時間があります。ギター弾きは切符を買おうと、歩き始めました。
そのときです。気がつくと、目の前に女の人がうずくまっています。
「おい、どうしたんだ?」
ギター弾きが聞いても、女の人はうんうんうなりつづけるばかりです。よく見ると、女の人は大きなお腹を抱えています。
「おい、子どもか? 赤ん坊が生まれるのか? おい、医者に行かなきゃいけないじゃないか。こんな寒いところで子どもが生まれたら、あっという間に凍え死んでしまうぞ。おい」
けれど、女の人は動きません。苦しい息の下から、お金という言葉が漏れ聞こえました。
「なに? 金がないのか。金がないから医者にいけないのか? だけど、だからってこんなところで子どもを生むわけには行かない。あんたも子どもも死んでしまうぞ」
ギター弾きはあたりを見回しました。だれもが忙しく通りすぎていくばかりで、女の人やギター弾きにかまう人はいません。向こうに、タクシーが客待ちをしているのが見えました。
「おい、動けるか。とにかく医者に行くんだ。おい、ちょっと、気をつけて。おれにつかまって、な」
ギター弾きは、タクシーの扉を力一杯叩きました。運転手が出てきてドアを開けました。
「おい、病院まで、この人を乗せてってくれ。な。どこでもいい。とにかく、いちばん近い病院だ。なに? ああ、もちろん金ならある。いいか、ここに、これだけあるからな。だから、おまえさんのタクシー代はこっから差し引いて、それで、残りを病院の方に払ってやってな。世話をかけるけど、頼んだよ! おれは汽車の時間があるんだから」

タクシーは走り去りました。さて、急がないと汽車に乗り遅れます。ここで、ギター弾きは気がつきました。ポケットにはお金はありません。切符を買うはずのお金を、全部、渡してしまったのです。もう自分は、ふるさとに帰ることはできません。といって、この街に残ることもできません。だって、たったひとつ頼りにするギターは、もう自分のものではないのですから。

ギター弾きは、駅の外に出ました。灰色の雲が垂れ込めた冬の空の向こうの方に、小さな雲の切れ目があります。そこから柔らかい光が、まっすぐに射しこんでいます。メンフィスは、あの向こうの方かもしれません。

ギター弾きは、ゆっくりと歩き始めました。ふるさとに帰り着くまで、歩いていけるかどうかわかりません。けれど、こんなに気持ちのいい日は久しぶりです。きっと、帰り着けるはずだと、ギター弾きは理由もなく思いました。
そして、ギター弾きは歩き続けました。どこまでも、どこまでも。心の中では、売ってしまったはずのギターが美しい音楽を奏でます。歩こうよ、歩こうよと。微笑みながら、ギター弾きは、シカゴの街から消えていったということです。
(初出:February 27, 2009)
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    作者について

    私の家は保育園のすぐ近く、そして薪ストーブがあります。そこで、冬季限定のお楽しみとして、薪ストーブの火を囲んでのおはなし会に年長児さんを招待することになりました。そのおはなし会で使ったネタを、ここで紹介していきます。

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