子どものためのおはなし
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青いお城

5/19/2015

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泉のそばから、旅人は立ち上がりました。この森の奥、疲れ果てていたところで見つけた清らかな泉です。こんなにうれしい贈り物はないと、旅人は思いました。長い旅です。そろそろ落ち着きたいものです。けれど、ずっと旅を続けているこの男には、身を落ち着けるということがどういうことなのか、それさえもわからなくなっています。

旅人は、荷物の中からリンゴをひとつとりだしました。旅人の荷物の中には、いろいろな野菜や果物の種子や苗がはいっています。遠い地方のキャベツやカラシの種子、アスパラガスやショウガの根っこ、ニンニクやチャイブの球を別の地方に持っていって高く売るのが旅人の商売でした。儲からない商売で、終わりのない商売です。自分では育てたことのない種子。いつかどこかに落ち着いて、それを育てることなど夢のまた夢にちがいありません。

泉の水で十分にのどをうるおした旅人は、ゆっくりと立ち上がりました。もうひとがんばりです。泉から小さな川が流れ出しています。それにそって道が続いています。その道を一歩、また一歩と、旅人は歩きはじめました。やがて、小川は小さな湖に流れ込みます。その湖の岸辺に立って、旅人は大きく伸びをしました。

あたりに人気はありません。淀んだ水の上に、そよとも風はふきません。時間が止まってしまったようなその景色のなかに、旅人は小さな城があるのに気づきました。昔、いくさが続いたころに建てられたのでしょうか、古ぼけた石造りの城です。

特別に美しい外観でもないのに、旅人はその城に目をうばわれました。そこから目が離せないのです。対岸遠くにあって最初は気がつかないほど小さく見えたのに、まるで遠眼鏡で見るように、いまでは細かなところまではっきりと見えます。中庭に咲いた赤いバラも、風にそよぐレースのカーテンも、まるですぐ目の前にあるように見えるのです。

その中庭に、一人の若い娘が出てきました。美しい娘です。この城に住んでいるのでしょうか。娘はバラの花にそっと顔を寄せると、なぜか大粒の涙をひとつ、流しました。

そのとき、湖の上を霧が渦巻いて、城を隠しました。旅人は、はっと我に返りました。胸騒ぎがしました。あの娘に会いたいという気持ちが強くなりました。理由もなく、娘を助け出したいと思いました。あの大粒の涙だけで、なぜか娘がとらえられているのだという気持ちになったのです。

旅人は、走り出しました。けれど、道はすぐに湖からそれて山を下りはじめます。旅人は反対側に走りました。けれど、そっちに行っても、やっぱり道は湖から遠ざかるばかりです。どこかに湖の反対側に行く道があるはずだ。旅人はそう思って、あちこち森の中を探しました。けれど、枝道らしい道はどこにもありません。茂みの薄そうなところを調べてみても、やっぱり道ではありません。

それならば岸づたいに行けばいい。いまやすっかり霧に覆われてしまった湖の岸辺に戻り、旅人は水辺に沿って行こうとします。ところが、すぐに濃い薮に行く手をふさがれてしまいます。反対側の岸辺を行こうとすると、今度は険しい岩が道を塞ぎます。それを回り込もうとすると、いつの間にか森のなかに引き込まれ、気がつくと泉から続く道に戻ってしまいます。

旅人は気が狂ったように走りはじめました。そのまま湖に飛び込んでしまうほどの勢いでした。が、幸運なことに、そのとき、向こうから何人かの百姓がやってくるのに出会いました。百姓たちは、口々に、「これ、正気を取り戻しなされ」と叫びました。

「あんた、城を見なさったな」と、百姓の一人が言いました。「あの城を見た者は、それにとりつかれてしまう。いままで何人も、あの城に行こうとして命を落とした」
その話を聞いて、旅人はぞっとしました。
「あの城に行く道はないのですか」

「ない。というよりも、誰も知らんのだ」。別の百姓が答えました。「あの湖は、ふだんは霧が深くて向こう岸を見ることができん。それがどういうわけか、若い男が一人きりで通りかかったときに限って、その霧が晴れるのだ。霧が晴れると、向こう岸に城が見えるのだそうだが、その城を見て長く生きた者はいない。みな、あの城にたどり着こうとして、命を落とすのだ。ある者は森で道に迷い、ある者は湖に飛び込んで溺れ死ぬ。ただ行方知れずになってしまった者も数えきれない」

「あんたは運がよかった」。最初の百姓が言いました。「わしらは用心して、けっして一人ではこの道を行かん。あんたもわしらに会わなかったら、いまごろはあの湖の底に沈んでいたこったろうな」

旅人は、百姓たちにともなわれて、森のはずれにある村に着きました。そして、その夜は村に泊まりました。村人たちは旅人の商売について聞きたがり、旅人は荷物の中から珍しい種子をとりだして、村人達に新しい作物の作り方を語りました。

そして翌日、村人たちは「気をつけて行きなされ」と、旅人を送り出しました。「やれやれ、あの人はそれほどはっきりと城を見なかったらしい」と、昨日の百姓が言いました。「運がよかったのだなあ」

けれど、旅人は湖と反対側に歩き出してすぐに立ち止まりました。昨夜から、どうしてもあの城の娘の面影が心を去らないのです。きっとあの娘は自分を待っていると理由もなく思えてならないのです。あのバラの花に埋もれるようにして流した涙を忘れられないのです。

旅人は、踵を返しました。行かなければなりません。そして、森の中の道を走り出しました。昨日の湖の岸辺までたどり着きましたが、湖は今日は濃い霧に覆われています。それでも、「きっとこっちに行けばたどり着けるはずだ」と、旅人は進みました。昨日と同じです。薮に阻まれ、岩に道をふさがれ、そしてぬかるみに足をとられます。苦労して前に進んだと思ったら、いつの間にか同じところに戻っています。

旅人は、気が狂ったような気持ちになりました。けれど、昨日の村人たちの言葉を思い出しました。湖に飛び込んで溺れ死んではならない。湖に背を向けて、目をつぶって走り出しました。
どれほど走ったことでしょう。気がつくと、旅人は、小さなみすぼらしい家の前に立っていました。どうすればいいかわからないまま、旅人はドアをノックしました。誰かに助けてもらいたい、けれど、誰に、どんな助けを求めればいいのでしょう。頭が割れそうでした。

ノックに応えて現れたのは、年老いた女でした。腰の曲がったその老女は、旅人をじろりと見ると、低く「お入り」と言って背を向けました。旅人は、引き込まれるように薄暗い小屋の中に入っていきました。
光のささない小屋の中は薄気味悪く感じられましたが、やがて目がなれてくると、それなりに気持ちのいい住まいだということがわかりました。壁ぎわのかまどではなべの中で何かがぐつぐつと煮えています。いかがわしい魔女の秘薬かもしれないとも思いましたが、気味が悪くは思いませんでした。湖と城に呪われてしまった自分にとって、これ以上に凶々しいことは起こらないだろうと思えたのです。

魔女は(そう、この女は魔女にちがいありません)深く腰かけた椅子から旅人の方をじろりとみました。そして、「ふん」と鼻をならしました。
「あんたは、それほどひどくやられてはいないようだね。それでいて、十分に呪いにかかっている。あんたなら、うまくやれば運命を変えることができるかもしれないね」
旅人は、女が何を言っているのかわかりませんでした。

「あんた、これを食べなさい」
魔女はそう言いました。旅人は、この女を信じるしかないと感じました。食べてみると、それは普通のお粥でした。そのときはじめて、旅人はずいぶんとお腹が空いているのに気がつきました。
「腹が減ったと感じられるなら、見込みがあるよ。この先も、あんたの体はあんたをささえてくれるだろう。そうだ、お腹が減ったときのためにこれを持ってお行き」
老女はそう言うと、小さな包を旅人に渡しました。
「お弁当だよ。うまいものが入ってる。あんたの力になるだろう」
そして、旅人を頭のてっぺんからつま先まで見まわしました。
「その荷物は思いから置いていってもいいんだが、まあ役に立つこともあるだろう。そのまま持っていきなさい。それから、どんなことがあっても自分の感覚を信じること、常識を信じることだね。あわててはいけない。あとは、あんたの力でどうにかなるよ」
そして、老女は出口を指さしました。出発の時間なのです。

ほんの少し休んだだけなのに、旅人は、ずいぶんと元気になった気がしました。力がみなぎってきます。さっきのお粥には、やっぱりなにかしかけがあったのでしょうか。けれど、歩いていくうちに、だんだんとさっきまでの強い誘惑が戻ってきます。どうしても、あの城に行ってみたいのです。

旅人は、魔女の言葉を思い出しました。自分の感覚を信じることです。立ち止まって、大きく息を吸いました。そうです。この誘惑は、なにか自分とは違う力が自分を引き寄せようとしているのです。旅人は、その力のやってくる方向を探りました。こっちです。目を軽く閉じると、いっそう強く感じます。まちがいありません。旅人は、目を開くと、その方向に歩きはじめました。

濃い霧が道をふさぎます。霧の中にあらゆる音が吸い込まれ、何も聞こえなくなります。けれど、旅人はもう迷いません。自分の感じる方に、どんどん進みます。やがて霧がほんの少しだけ、薄れてきました。そして目の前に、あの城が現れたました。

旅人は、走り出しました。城の門に向かって、どんどんペースをあげます。と、目の前に真っ黒な犬が現れました。番犬です。鋭い牙をむいています。いまにも飛びかかってきそうです。

とっさに、旅人は老女にもらった包を投げつけました。中から肉のかけらが転がり出ました。犬は、うまそうな臭いにつられ、とびつきました。旅人には目もくれません。その脇を、旅人は走り抜けました。暗い城門をくぐり、あの中庭へと進みます。湖の向こうから見た、あの中庭です。バラが咲いています。そのそばに、あの若い娘がいます。

旅人は、駆け寄ろうとしました。けれど、娘は悲しみの表情を浮かべ、来るなと合図します。声は聞こえません。何か言っているように見えるのですけれど、声がさえぎられているのか、何も聞こえません。旅人は呼んでみました。自分の声も聞こえません。娘は、手を振って、何か訴えようとしています。その目が、旅人の背後を注視しています。

旅人はようやく気がついて、振り向きました。。背後から、黒い人影が迫っています。怪しげな笑いを浮かべたその手には、ドクロの数珠が握られています。魔法使いです。
旅人は、命の危険を感じました。いままで多くの行方不明の人々は、この魔物の手に落ちたのでしょう。肝が冷える気がしました。いよいよ自分もここまでかもしれません。

けれど、旅人はあの老婆の言葉を思い出しました。常識を信じろという言葉です。そして、自分の荷物が役に立つかもしれないという言葉も。旅人は急いで荷を下ろしました。袋の中からニンニクのかけらを取り出すと、それを魔物に向かって投げつけました。

魔法使いは、怖ろしい声を残して消えました。あたりを覆う霧が一気に晴れました。音がもどってきました。旅人は振り返りました。あの娘が近づいてきます。美しい声が語ります。
「私は、長い間、この城にとらえられてきました。あの魔法使いが獲物を引き寄せるためのおとりにされてしまったのです。私のためにたくさんの人が死にました。それがとても辛かったけれど、どうしようもできませんでした。あの庭に閉じ込められて、逃げ出すこともできなかったのです」
そして、微笑んで旅人を見ました。
「自由にしてくれて、ありがとう。もう何もかなしむことはないわ」

二人は、手をとりあってあの麓の村への道をたどりました。すっかり霧が晴れて、迷うこともありません。
村では、あの湖のほとりの城の呪いが解けたことを知って、人々が喜びました。そして、お祭り騒ぎの中で、二人は結ばれました。

こうして、旅人の長い孤独な旅は終わりました。旅人は、もう旅人ではありません。とらわれの娘も、もうとらわれの娘ではありません。こうして別の人間になった二人は、いつまでも幸せにくらしました。
(初出:December 27, 2009)
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友だちの味

5/19/2015

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むかし、ある小さな国に、王さまがひとりいらっしゃいました。どこの国でも王さまはひとりときまっています。ですから、ふしぎなことでもなんでもありません。

ところが、この国には、この王さまのほかにはだれひとり、すんでいませんでした。王さまはたったひとりぼっちなのです。これはふしぎなことです。

なぜなら、王さまがお生まれになったときには、すくなくともお母君はいらっしゃったはずだからです。たぶん、お父君の王さまもいらっしゃったでしょう。さんばさまや、おつきのおいしゃさまもいたかもしれません。けれど、王さまがものごとをおぼえていられるようになったころには、王さまのほかにはこの国にはだれもいなくなってしまったのです。

けれど、この国には、大臣もひとりいました。たったひとりだけ、大臣がいました。王さまのほかにはだれもいないはずなのに、どうして大臣がいるのでしょう。それは、王さまは、王さまにあきたときには、王さまをやめて大臣になるからです。だからときには、この国にはたったひとりの大臣だけがいて、そのほかにはだれもすんでいないということもできるのでした。

また、ときには王さまは、大臣にもあきて、お百姓になることもありました。これはとくにたいせつなことです。なぜなら、お百姓になって麦をまいたり牛のせわをしたりしないことには、王さまは毎日たべるものにこまるようになるからです。ですから、この国にはたったひとりのお百姓がいて、そのほかにはだれもすんでいないともいえるのでした。

それにもちろん、おなかがへれば、王さまはコックにもなりました。そんな時間には、たったひとりのコックだけが、この国にすんでいるわけです。

ときには王さまは、宿屋の主人にもなりました。王さまのお城のとなりに、小さな宿屋があったからです。この宿屋には、小さな図書室がありました。王さまはときどき宿屋の主人になっては、この図書室で本を読んですごすのでした。

さて、あるとき、めずらしいことに、この国に旅人がひとり、やってきました。ふつう、旅人はこの国にはやってきません。なぜなら、だれもすんでいないところに用のある人などいないからです。たしかに王さまはすんでいましたけれど、たったひとりですんでいて友だちもいないような人は、そこにいないも同じことですものね。

だから、この旅人は、うっかり道にまよってこの国にやってきたのでした。長い長い旅のはてで、とてもつかれはてていて、とおくに宿屋を見つけたときには心のそこからほっとしました。

宿屋はがらんとしてひとけがありませんでした。けれど、大きな声でよぶと、やがて主人らしい人が出てきました。

「やあ、たすかった。今夜、ここにとめてもらいますよ」
旅人はいいました。宿屋の主人は(つまり王さまですよ)、
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」といいました。宿屋の主人は長いことやっていますが、お客というものははじめて見ます。ですから、そこから先はどうすればいいのかわからず、ただそこに立っていました。

けれど、こういうことは旅人のほうがなれているものです。旅人は、
「へやはどこかな。ああ、こっちのへやをつかわせてもらえるのかな。なるほど、きもちのいいへやだ。食堂はこっちだね。ばんごはんをおねがいするよ」
と、てきぱきとしゃべります。それで、お客がはじめての宿屋の主人も、なんとかまよわずにすみました。

さて、この国にたったひとりいるコック(つまり王さまです)が料理をし、ばんごはんができあがりました。旅人はよろこんでたべると、宿屋の主人に向かって話しはじめました。
「この国はずいぶんとさみしいところだが、お百姓はいるのかね」
「はい。お百姓はおります」
と、宿屋の主人は答えました。
「まあ、それはそうだろう。お百姓のいない国なんてきいたことがない。では、商人はいるのだろうか」
「はい。ひとりおります」
と、宿屋の主人(つまり王さま)は答えました。王さまはときどき、ほかのものにあきると、商人のまねをして遊ぶのです。
「役人はいるかな」
「はい、おります」
「大臣がいるだろうか」
「はい」
旅人はちょっとかんがえました。
「なるほど、小さいなりになかなかしっかりした国だ」
宿屋の主人である王さまは、このことばにすっかりうれしくなりました。
つぎに旅人は、
「ここに来るとちゅう、お城を見たが、あそこには王さまがいらっしゃるのだろうか」
と尋ねました。
「はい」
宿屋の主人は答えました。
「王さまにおあいになりますか」
「そんなことができるのか」
と、旅人はおどろいてききました。
「どうぞ。なんならこれからまいりましょう」

ふたりはつれだって、宿屋のとなりにあるお城に向かいました。
お城の門をくぐり、玄関のホールをくぐり、ごてんのおくにすすみました。きらびやかなへやに、りっぱな王さまのいすがありました。だれもすわっていないそのいすに宿屋の主人はまっすぐにあるいていくと、いすのかたにかけてあったケープをまとい、わきにおいてあるかんむりをかぶって、そこにすわりました。
「わたしの王宮に、よくぞいらっしゃった」

旅人はちょっとびっくりしました。それから、少し笑いました。
「なるほど、あなたが王さまでしたか」
「うむ」
王さまはいげんをととのえて答えました。
「宿のご主人もあなたさまなのですね」
「うむ。ときにはそのようになる」
「すると、お役人も」
「そうだ。そちはなかなかのみこみがよい。わたしである」
「では、商人やお百姓も」
「そのとおり。わたしは商人にもお百姓にもなれる。わたしはのぞむままに、なんにでもなれる。それが王たるものの特権ではないか」
「まことにそのようにぞんじます」
旅人は感心して言いました。
「王さまは、実にすばらしくこの国をおさめておられます」
「うむ。わたしのめいれいにそむくものは、この国にはひとりもおらんからな」
「まさにそのとおりでございます。王さまのほかには、だれひとり、この国にはいらっしゃらないわけでございます」
「うむ。なにもかも、すべてがこの国ではうまくいく。さいばんかんはおらんが、それは悪いことをするやつがおらんからだ」
「へいたいも、おられないようですね」
「うむ。せんそうなど、しなくてもよいものだからな」
旅人は、すっかりこの国がすきになりました。
「このようなすばらしい国は、どこをさがしてもないでしょう」
「うむ。そこまで気に入ってくれたか」
「はい」
旅人はふかく頭を下げました。
「このような国は、見たことがございません」
「では、そちのいたいだけ、この国にいるがよい」
そして王さまは、おもおもしい声で、たからかにおっしゃいました。
「なんじに、この国をおもうとおりにとおりぬけ、おもうとおりにふるまう特権をあたえる。これは、王よりじきじきにくだすものである」と。

じっさい、たびびとはこの国がすっかり気に入りました。お百姓は気持ちのいい人でした(つまり王さまでした)。宿の主人も、街で出会う商人も、気の合う人たちでした(つまり王さまです)。お城の役人も大臣も、そしてだれよりも王さまは、話していてゆかいな人でした。なにしろ王さまは、たくさんの本を読んでいたので、それはそれはいろいろなことを知っていたのです。

旅人は、あちこち広い世界を自分の目で見て知っています。ですから、王さまの本で読んだことと自分の知っていることをてらしあわせ、いろいろと新しい発見をします。王さまのほうも、旅人の話すことがひとつひとつ目新しく、おもしろくかんじるのでした。

こんなふうに、旅人と王さまは何日もなかよくすごしました。王さまはすばらしいコックでもありましたから、ふたりはおいしいごちそうをたっぷりたべました。旅人はいろんなことを知っていまいしたから、王さまが、自分の国にはえていたけれど知らなかったいろいろなたべられる草を森からとってきたり、さかなをつかまえたりもしました。ふたりとも、毎日がたのしくてしかたありませんでした。

それにしても王さまは、もの知りでした。旅人が長いことふしぎにおもってきたこと、たとえば雲はなぜできるのかとか、その雲はながれてどこまでいくのかとか、そんなむずかしいことを王さまはすらすらとせつめいしてきかせるのです。海はどれほどふかいのか、山はどれほど高いのか、王さまは、いったこともないのに本で読んでよく知っているのでした。

「王さま、あなたには知らないことなどないにちがいない」
旅人はかんしんして、こえをあげました。ところが王さまは、まじめな顔をして、旅人にこんなふうにいいました。
「いや、わたしには知らないことばかりだ。本で読んだことなど、おまえのように自分の目で見てきたことにくらべればほんとうにとるにたらない。じつは、このあいだからずっと、わからないままこまっていることがある。わたしはほんとうに知りたいのだが、いくら本を読んでもわからないのだ」
旅人は、かえってふしぎにおもいました。王さまにもわからないことってなんでしょう。
「いや、たいしたことではないとおもうのだ」
王さまははずかしそうにわらいました。
「じつは、友だちというものが、わたしにはわからない。どの本にも、とてもすばらしいものだと書いてあるのだが、それはどういうものなのだろうか。いったい友だちというものは、大きいのか小さいのか、重いのか軽いのか、やわらかいのかかたいのか、そんなこともわからない。はたして友だちとは、どんな味がするものやら。あまいのか、からいのか、そんなことさえわからないのだよ」

旅人は、しばらく王さまをまじまじと見つめました。それから、ゆっくりうなづくと、王さまの手をとりました。

「王さま、ここに王さまの友だちとよんでいただけるものがおります。さて、わたくしめは、あまいのでしょうか、からいのでしょうか」

王さまはしばらく旅人の顔をじっと見ていました。そして、ふたりで大きなわらい声をあげました。

ふたりのわらいは、この小さな国のはてまで、どこまでもこだましていったということです。
(初出:October 06, 2009)
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大きな地球

5/19/2015

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おじいさんが、かぶらのたねをまきました。
やがて、おおきなかぶらができました。
おじいさんはかぶらをぬこうとしました。
うんとこしょ、どっこいしょ、それでもかぶらはぬけません。

おじいさんはおばあさんをよんできました。
おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶらをひっぱって、
うんとこしょ、どっこいしょ、それでもかぶらはぬけません。

おばあさんはまごをよんできました。
まごがおばあさんをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶらをひっぱって、
うんとこしょ、どっこいしょ、それでもかぶらはぬけません。

まごは犬をよんできました。
犬がまごをひっぱって、まごがおばあさんをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶらをひっぱって、
うんとこしょ、どっこいしょ、それでもかぶらはぬけません。

犬は猫をよんできました。
猫が犬を引っ張って、犬がまごをひっぱって、まごがおばあさんをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶらをひっぱって、
うんとこしょ、どっこいしょ、それでもかぶらはぬけません。

猫はねずみをよんできました。
ねずみが猫をひっぱって、猫が犬をひっぱって、犬がまごをひっぱって、まごがおばあさんをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶらをひっぱって、
うんとこしょ、どっこいしょ、

やっと地球がぬけました。
(初出:June 04, 2009)
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    作者について

    私の家は保育園のすぐ近く、そして薪ストーブがあります。そこで、冬季限定のお楽しみとして、薪ストーブの火を囲んでのおはなし会に年長児さんを招待することになりました。そのおはなし会で使ったネタを、ここで紹介していきます。

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