むかし、ある小さな国に、王さまがひとりいらっしゃいました。どこの国でも王さまはひとりときまっています。ですから、ふしぎなことでもなんでもありません。
ところが、この国には、この王さまのほかにはだれひとり、すんでいませんでした。王さまはたったひとりぼっちなのです。これはふしぎなことです。
なぜなら、王さまがお生まれになったときには、すくなくともお母君はいらっしゃったはずだからです。たぶん、お父君の王さまもいらっしゃったでしょう。さんばさまや、おつきのおいしゃさまもいたかもしれません。けれど、王さまがものごとをおぼえていられるようになったころには、王さまのほかにはこの国にはだれもいなくなってしまったのです。
けれど、この国には、大臣もひとりいました。たったひとりだけ、大臣がいました。王さまのほかにはだれもいないはずなのに、どうして大臣がいるのでしょう。それは、王さまは、王さまにあきたときには、王さまをやめて大臣になるからです。だからときには、この国にはたったひとりの大臣だけがいて、そのほかにはだれもすんでいないということもできるのでした。
また、ときには王さまは、大臣にもあきて、お百姓になることもありました。これはとくにたいせつなことです。なぜなら、お百姓になって麦をまいたり牛のせわをしたりしないことには、王さまは毎日たべるものにこまるようになるからです。ですから、この国にはたったひとりのお百姓がいて、そのほかにはだれもすんでいないともいえるのでした。
それにもちろん、おなかがへれば、王さまはコックにもなりました。そんな時間には、たったひとりのコックだけが、この国にすんでいるわけです。
ときには王さまは、宿屋の主人にもなりました。王さまのお城のとなりに、小さな宿屋があったからです。この宿屋には、小さな図書室がありました。王さまはときどき宿屋の主人になっては、この図書室で本を読んですごすのでした。
さて、あるとき、めずらしいことに、この国に旅人がひとり、やってきました。ふつう、旅人はこの国にはやってきません。なぜなら、だれもすんでいないところに用のある人などいないからです。たしかに王さまはすんでいましたけれど、たったひとりですんでいて友だちもいないような人は、そこにいないも同じことですものね。
だから、この旅人は、うっかり道にまよってこの国にやってきたのでした。長い長い旅のはてで、とてもつかれはてていて、とおくに宿屋を見つけたときには心のそこからほっとしました。
宿屋はがらんとしてひとけがありませんでした。けれど、大きな声でよぶと、やがて主人らしい人が出てきました。
「やあ、たすかった。今夜、ここにとめてもらいますよ」
旅人はいいました。宿屋の主人は(つまり王さまですよ)、
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」といいました。宿屋の主人は長いことやっていますが、お客というものははじめて見ます。ですから、そこから先はどうすればいいのかわからず、ただそこに立っていました。
けれど、こういうことは旅人のほうがなれているものです。旅人は、
「へやはどこかな。ああ、こっちのへやをつかわせてもらえるのかな。なるほど、きもちのいいへやだ。食堂はこっちだね。ばんごはんをおねがいするよ」
と、てきぱきとしゃべります。それで、お客がはじめての宿屋の主人も、なんとかまよわずにすみました。
さて、この国にたったひとりいるコック(つまり王さまです)が料理をし、ばんごはんができあがりました。旅人はよろこんでたべると、宿屋の主人に向かって話しはじめました。
「この国はずいぶんとさみしいところだが、お百姓はいるのかね」
「はい。お百姓はおります」
と、宿屋の主人は答えました。
「まあ、それはそうだろう。お百姓のいない国なんてきいたことがない。では、商人はいるのだろうか」
「はい。ひとりおります」
と、宿屋の主人(つまり王さま)は答えました。王さまはときどき、ほかのものにあきると、商人のまねをして遊ぶのです。
「役人はいるかな」
「はい、おります」
「大臣がいるだろうか」
「はい」
旅人はちょっとかんがえました。
「なるほど、小さいなりになかなかしっかりした国だ」
宿屋の主人である王さまは、このことばにすっかりうれしくなりました。
つぎに旅人は、
「ここに来るとちゅう、お城を見たが、あそこには王さまがいらっしゃるのだろうか」
と尋ねました。
「はい」
宿屋の主人は答えました。
「王さまにおあいになりますか」
「そんなことができるのか」
と、旅人はおどろいてききました。
「どうぞ。なんならこれからまいりましょう」
ふたりはつれだって、宿屋のとなりにあるお城に向かいました。
お城の門をくぐり、玄関のホールをくぐり、ごてんのおくにすすみました。きらびやかなへやに、りっぱな王さまのいすがありました。だれもすわっていないそのいすに宿屋の主人はまっすぐにあるいていくと、いすのかたにかけてあったケープをまとい、わきにおいてあるかんむりをかぶって、そこにすわりました。
「わたしの王宮に、よくぞいらっしゃった」
旅人はちょっとびっくりしました。それから、少し笑いました。
「なるほど、あなたが王さまでしたか」
「うむ」
王さまはいげんをととのえて答えました。
「宿のご主人もあなたさまなのですね」
「うむ。ときにはそのようになる」
「すると、お役人も」
「そうだ。そちはなかなかのみこみがよい。わたしである」
「では、商人やお百姓も」
「そのとおり。わたしは商人にもお百姓にもなれる。わたしはのぞむままに、なんにでもなれる。それが王たるものの特権ではないか」
「まことにそのようにぞんじます」
旅人は感心して言いました。
「王さまは、実にすばらしくこの国をおさめておられます」
「うむ。わたしのめいれいにそむくものは、この国にはひとりもおらんからな」
「まさにそのとおりでございます。王さまのほかには、だれひとり、この国にはいらっしゃらないわけでございます」
「うむ。なにもかも、すべてがこの国ではうまくいく。さいばんかんはおらんが、それは悪いことをするやつがおらんからだ」
「へいたいも、おられないようですね」
「うむ。せんそうなど、しなくてもよいものだからな」
旅人は、すっかりこの国がすきになりました。
「このようなすばらしい国は、どこをさがしてもないでしょう」
「うむ。そこまで気に入ってくれたか」
「はい」
旅人はふかく頭を下げました。
「このような国は、見たことがございません」
「では、そちのいたいだけ、この国にいるがよい」
そして王さまは、おもおもしい声で、たからかにおっしゃいました。
「なんじに、この国をおもうとおりにとおりぬけ、おもうとおりにふるまう特権をあたえる。これは、王よりじきじきにくだすものである」と。
じっさい、たびびとはこの国がすっかり気に入りました。お百姓は気持ちのいい人でした(つまり王さまでした)。宿の主人も、街で出会う商人も、気の合う人たちでした(つまり王さまです)。お城の役人も大臣も、そしてだれよりも王さまは、話していてゆかいな人でした。なにしろ王さまは、たくさんの本を読んでいたので、それはそれはいろいろなことを知っていたのです。
旅人は、あちこち広い世界を自分の目で見て知っています。ですから、王さまの本で読んだことと自分の知っていることをてらしあわせ、いろいろと新しい発見をします。王さまのほうも、旅人の話すことがひとつひとつ目新しく、おもしろくかんじるのでした。
こんなふうに、旅人と王さまは何日もなかよくすごしました。王さまはすばらしいコックでもありましたから、ふたりはおいしいごちそうをたっぷりたべました。旅人はいろんなことを知っていまいしたから、王さまが、自分の国にはえていたけれど知らなかったいろいろなたべられる草を森からとってきたり、さかなをつかまえたりもしました。ふたりとも、毎日がたのしくてしかたありませんでした。
それにしても王さまは、もの知りでした。旅人が長いことふしぎにおもってきたこと、たとえば雲はなぜできるのかとか、その雲はながれてどこまでいくのかとか、そんなむずかしいことを王さまはすらすらとせつめいしてきかせるのです。海はどれほどふかいのか、山はどれほど高いのか、王さまは、いったこともないのに本で読んでよく知っているのでした。
「王さま、あなたには知らないことなどないにちがいない」
旅人はかんしんして、こえをあげました。ところが王さまは、まじめな顔をして、旅人にこんなふうにいいました。
「いや、わたしには知らないことばかりだ。本で読んだことなど、おまえのように自分の目で見てきたことにくらべればほんとうにとるにたらない。じつは、このあいだからずっと、わからないままこまっていることがある。わたしはほんとうに知りたいのだが、いくら本を読んでもわからないのだ」
旅人は、かえってふしぎにおもいました。王さまにもわからないことってなんでしょう。
「いや、たいしたことではないとおもうのだ」
王さまははずかしそうにわらいました。
「じつは、友だちというものが、わたしにはわからない。どの本にも、とてもすばらしいものだと書いてあるのだが、それはどういうものなのだろうか。いったい友だちというものは、大きいのか小さいのか、重いのか軽いのか、やわらかいのかかたいのか、そんなこともわからない。はたして友だちとは、どんな味がするものやら。あまいのか、からいのか、そんなことさえわからないのだよ」
旅人は、しばらく王さまをまじまじと見つめました。それから、ゆっくりうなづくと、王さまの手をとりました。
「王さま、ここに王さまの友だちとよんでいただけるものがおります。さて、わたくしめは、あまいのでしょうか、からいのでしょうか」
王さまはしばらく旅人の顔をじっと見ていました。そして、ふたりで大きなわらい声をあげました。
ふたりのわらいは、この小さな国のはてまで、どこまでもこだましていったということです。
ところが、この国には、この王さまのほかにはだれひとり、すんでいませんでした。王さまはたったひとりぼっちなのです。これはふしぎなことです。
なぜなら、王さまがお生まれになったときには、すくなくともお母君はいらっしゃったはずだからです。たぶん、お父君の王さまもいらっしゃったでしょう。さんばさまや、おつきのおいしゃさまもいたかもしれません。けれど、王さまがものごとをおぼえていられるようになったころには、王さまのほかにはこの国にはだれもいなくなってしまったのです。
けれど、この国には、大臣もひとりいました。たったひとりだけ、大臣がいました。王さまのほかにはだれもいないはずなのに、どうして大臣がいるのでしょう。それは、王さまは、王さまにあきたときには、王さまをやめて大臣になるからです。だからときには、この国にはたったひとりの大臣だけがいて、そのほかにはだれもすんでいないということもできるのでした。
また、ときには王さまは、大臣にもあきて、お百姓になることもありました。これはとくにたいせつなことです。なぜなら、お百姓になって麦をまいたり牛のせわをしたりしないことには、王さまは毎日たべるものにこまるようになるからです。ですから、この国にはたったひとりのお百姓がいて、そのほかにはだれもすんでいないともいえるのでした。
それにもちろん、おなかがへれば、王さまはコックにもなりました。そんな時間には、たったひとりのコックだけが、この国にすんでいるわけです。
ときには王さまは、宿屋の主人にもなりました。王さまのお城のとなりに、小さな宿屋があったからです。この宿屋には、小さな図書室がありました。王さまはときどき宿屋の主人になっては、この図書室で本を読んですごすのでした。
さて、あるとき、めずらしいことに、この国に旅人がひとり、やってきました。ふつう、旅人はこの国にはやってきません。なぜなら、だれもすんでいないところに用のある人などいないからです。たしかに王さまはすんでいましたけれど、たったひとりですんでいて友だちもいないような人は、そこにいないも同じことですものね。
だから、この旅人は、うっかり道にまよってこの国にやってきたのでした。長い長い旅のはてで、とてもつかれはてていて、とおくに宿屋を見つけたときには心のそこからほっとしました。
宿屋はがらんとしてひとけがありませんでした。けれど、大きな声でよぶと、やがて主人らしい人が出てきました。
「やあ、たすかった。今夜、ここにとめてもらいますよ」
旅人はいいました。宿屋の主人は(つまり王さまですよ)、
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」といいました。宿屋の主人は長いことやっていますが、お客というものははじめて見ます。ですから、そこから先はどうすればいいのかわからず、ただそこに立っていました。
けれど、こういうことは旅人のほうがなれているものです。旅人は、
「へやはどこかな。ああ、こっちのへやをつかわせてもらえるのかな。なるほど、きもちのいいへやだ。食堂はこっちだね。ばんごはんをおねがいするよ」
と、てきぱきとしゃべります。それで、お客がはじめての宿屋の主人も、なんとかまよわずにすみました。
さて、この国にたったひとりいるコック(つまり王さまです)が料理をし、ばんごはんができあがりました。旅人はよろこんでたべると、宿屋の主人に向かって話しはじめました。
「この国はずいぶんとさみしいところだが、お百姓はいるのかね」
「はい。お百姓はおります」
と、宿屋の主人は答えました。
「まあ、それはそうだろう。お百姓のいない国なんてきいたことがない。では、商人はいるのだろうか」
「はい。ひとりおります」
と、宿屋の主人(つまり王さま)は答えました。王さまはときどき、ほかのものにあきると、商人のまねをして遊ぶのです。
「役人はいるかな」
「はい、おります」
「大臣がいるだろうか」
「はい」
旅人はちょっとかんがえました。
「なるほど、小さいなりになかなかしっかりした国だ」
宿屋の主人である王さまは、このことばにすっかりうれしくなりました。
つぎに旅人は、
「ここに来るとちゅう、お城を見たが、あそこには王さまがいらっしゃるのだろうか」
と尋ねました。
「はい」
宿屋の主人は答えました。
「王さまにおあいになりますか」
「そんなことができるのか」
と、旅人はおどろいてききました。
「どうぞ。なんならこれからまいりましょう」
ふたりはつれだって、宿屋のとなりにあるお城に向かいました。
お城の門をくぐり、玄関のホールをくぐり、ごてんのおくにすすみました。きらびやかなへやに、りっぱな王さまのいすがありました。だれもすわっていないそのいすに宿屋の主人はまっすぐにあるいていくと、いすのかたにかけてあったケープをまとい、わきにおいてあるかんむりをかぶって、そこにすわりました。
「わたしの王宮に、よくぞいらっしゃった」
旅人はちょっとびっくりしました。それから、少し笑いました。
「なるほど、あなたが王さまでしたか」
「うむ」
王さまはいげんをととのえて答えました。
「宿のご主人もあなたさまなのですね」
「うむ。ときにはそのようになる」
「すると、お役人も」
「そうだ。そちはなかなかのみこみがよい。わたしである」
「では、商人やお百姓も」
「そのとおり。わたしは商人にもお百姓にもなれる。わたしはのぞむままに、なんにでもなれる。それが王たるものの特権ではないか」
「まことにそのようにぞんじます」
旅人は感心して言いました。
「王さまは、実にすばらしくこの国をおさめておられます」
「うむ。わたしのめいれいにそむくものは、この国にはひとりもおらんからな」
「まさにそのとおりでございます。王さまのほかには、だれひとり、この国にはいらっしゃらないわけでございます」
「うむ。なにもかも、すべてがこの国ではうまくいく。さいばんかんはおらんが、それは悪いことをするやつがおらんからだ」
「へいたいも、おられないようですね」
「うむ。せんそうなど、しなくてもよいものだからな」
旅人は、すっかりこの国がすきになりました。
「このようなすばらしい国は、どこをさがしてもないでしょう」
「うむ。そこまで気に入ってくれたか」
「はい」
旅人はふかく頭を下げました。
「このような国は、見たことがございません」
「では、そちのいたいだけ、この国にいるがよい」
そして王さまは、おもおもしい声で、たからかにおっしゃいました。
「なんじに、この国をおもうとおりにとおりぬけ、おもうとおりにふるまう特権をあたえる。これは、王よりじきじきにくだすものである」と。
じっさい、たびびとはこの国がすっかり気に入りました。お百姓は気持ちのいい人でした(つまり王さまでした)。宿の主人も、街で出会う商人も、気の合う人たちでした(つまり王さまです)。お城の役人も大臣も、そしてだれよりも王さまは、話していてゆかいな人でした。なにしろ王さまは、たくさんの本を読んでいたので、それはそれはいろいろなことを知っていたのです。
旅人は、あちこち広い世界を自分の目で見て知っています。ですから、王さまの本で読んだことと自分の知っていることをてらしあわせ、いろいろと新しい発見をします。王さまのほうも、旅人の話すことがひとつひとつ目新しく、おもしろくかんじるのでした。
こんなふうに、旅人と王さまは何日もなかよくすごしました。王さまはすばらしいコックでもありましたから、ふたりはおいしいごちそうをたっぷりたべました。旅人はいろんなことを知っていまいしたから、王さまが、自分の国にはえていたけれど知らなかったいろいろなたべられる草を森からとってきたり、さかなをつかまえたりもしました。ふたりとも、毎日がたのしくてしかたありませんでした。
それにしても王さまは、もの知りでした。旅人が長いことふしぎにおもってきたこと、たとえば雲はなぜできるのかとか、その雲はながれてどこまでいくのかとか、そんなむずかしいことを王さまはすらすらとせつめいしてきかせるのです。海はどれほどふかいのか、山はどれほど高いのか、王さまは、いったこともないのに本で読んでよく知っているのでした。
「王さま、あなたには知らないことなどないにちがいない」
旅人はかんしんして、こえをあげました。ところが王さまは、まじめな顔をして、旅人にこんなふうにいいました。
「いや、わたしには知らないことばかりだ。本で読んだことなど、おまえのように自分の目で見てきたことにくらべればほんとうにとるにたらない。じつは、このあいだからずっと、わからないままこまっていることがある。わたしはほんとうに知りたいのだが、いくら本を読んでもわからないのだ」
旅人は、かえってふしぎにおもいました。王さまにもわからないことってなんでしょう。
「いや、たいしたことではないとおもうのだ」
王さまははずかしそうにわらいました。
「じつは、友だちというものが、わたしにはわからない。どの本にも、とてもすばらしいものだと書いてあるのだが、それはどういうものなのだろうか。いったい友だちというものは、大きいのか小さいのか、重いのか軽いのか、やわらかいのかかたいのか、そんなこともわからない。はたして友だちとは、どんな味がするものやら。あまいのか、からいのか、そんなことさえわからないのだよ」
旅人は、しばらく王さまをまじまじと見つめました。それから、ゆっくりうなづくと、王さまの手をとりました。
「王さま、ここに王さまの友だちとよんでいただけるものがおります。さて、わたくしめは、あまいのでしょうか、からいのでしょうか」
王さまはしばらく旅人の顔をじっと見ていました。そして、ふたりで大きなわらい声をあげました。
ふたりのわらいは、この小さな国のはてまで、どこまでもこだましていったということです。
(初出:October 06, 2009)