むかし、十三に若い男がおって。母親と二人、暮らしておった。ところがある日、母親が病にかかってしもうたと。いろいろ手当てを尽くしたが、どうにもこうにも良くならん。そのうちに、いい医者紹介してくれて、そこでその医者にかかったと。すると医者の見立てでは、これははやりの気の病。気の病は、なかなかに厄介ものじゃと、こう言うた。
そんな医者の見立てを聞くと、母親は急に、「うなぎが食べたい」と言い始めた。なんとも「き」は「き」でも「うなき」の「き」であった。
そこで若者、うなぎをもとめて川まで行った。言わずと知れた十三は、淀の大川のほとりでな。川に上ってくるうなぎをとろうという算段じゃ。若者は釣りなどしたことがなかったが、母親のためとあって神様に祈りが通じたのじゃろうか、一匹の立派なうなぎが竿にかかった。
これはありがたいと、若者はうなぎをつかんだが、なにせうなぎというものはぬるぬるすべる。うなぎの頭をこうおさえ、首のところをこうつかみ、よっとな、やっとなと、つかまえようとするのだが、うなぎはどんどん逃げようとする。そのうなぎを手が追いかけ、手にはからだがついていき、からだを足が追いかけて、若者はどんどん走り出す。
走って走って、けつまづいたところで、うなぎはぽーんと飛ばされて、向こうの川ににげこんだ。若者の方はあべこべに、けつまづいたいきおいでぐしゃり。落ちたところは傘屋の仕事場。
傘屋は驚いて、若者に問うた。
「おまはん、どこから来なはった」
「はあ。うなぎを追ってこちらまで」
「うなぎかなんかは知らんけど、こらまあこっちも困ります」
「はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、あらへんで」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっと手伝うていけ」
そこで若者、すわりこんで傘屋の手伝い、傘張りをはじめたな。習うたわけでもないのに、手先が器用なんじゃろか、若者たちまち一本の傘を張り終えた。
「こりゃお見事」と、傘屋も感心。
若者すっかり気をよくし、傘を開いて見栄を切る。ところがそこに一陣の風、たちまちふいて、吹き飛ばす。あれと思うまもなく若者は、天に飛ばされ、舞い上がる。
着いたところは雲の上。雷神様の仕事中。
「おまえは、どこからやって来た」
「はあ。風に飛ばされこちらまで」
「風の都合は知らんけど、ここらはちょっと忙しい」
「はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、あらへんで」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっと手伝うていけ」
そこで若者、見よう見まねで雷神様を手伝うた。太鼓をどんどん打ち鳴らし、手桶で水をざあぶざぶ。手桶の水は、たちまちに、雨に変わってどっしゃぶり。調子にのって若者は、あちらこちらと駆け回る。
「おいおい、そっちは危ないぞ」、雷神様の呼びかけも、まるで頭は上の空。
「そっちは雲が薄いというに」。声も届かずまっさかさま。
あっという間に海の中。ざぼんと落ちて、ぶくぶくと、海の底まで一直線。
落ちたところは竜宮の、晴れの広間の真ん中で、乙姫様が驚いた。
「あなたはいったい、どちらから」
「はあ。雲踏み外してこちらまで」
「それは気の毒、お怪我はないか」
「怪我はないけど、いやはや、はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、ありまへん」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっとお休みなされ」
たちまち出てくるご馳走に、若者さすがに怪しんだ。
「竜宮城のご馳走に、みやげは煙の玉手箱。爺になるのはちと困る」
「なにをたわけた昔話。気にせずどうぞ召し上がれ」
若者一口食べてみて、味気ないのに驚いた。
「竜宮城なら鯛のつくり、平目の縁側、烏賊そうめん、蛸の酢の物ないものか」
「なにをおっしゃる、この城は、魚や貝の極楽で、そんな殺生いたしませぬ」
出されたご馳走よくみれば、みんなわかめやてんぐさの、精進料理でありました。
もっとうまいものが食いたくなった若者、ふと見ると、目の前に海老が泳いでいる。これはありがたい、海老の踊り食いと、箸を伸ばした若者を、乙姫様が止める間もなく、かかる針。あわれ若者、釣りの餌に食いついて、あっという間に釣り上げられた。
釣り上げられた船の上。漁師がさすがに驚いて、
「おまはん、ぜんたいどこから来た」
「はあ。竜宮城からこちらまで」
「竜宮城とは豪勢な。けど、ここらはちょっと忙しい」
「はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、あらへんで」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっと手伝うていけ」
そこで若者、漁師の仕事を手伝うた。漁師はたいそう喜んで、帰りにみやげをしこたまくれた。とりたて魚をざる一杯。そしてうれしやその中に、大きなうなぎがおったとさ。
若者、家に駆け込んで、さっそくうなぎを料理して、病の母に食わせたら、気の病はたちまち失せて、母親は元通り元気になったそうな。
はあ、めでたいな、めでたいな。
そんな医者の見立てを聞くと、母親は急に、「うなぎが食べたい」と言い始めた。なんとも「き」は「き」でも「うなき」の「き」であった。
そこで若者、うなぎをもとめて川まで行った。言わずと知れた十三は、淀の大川のほとりでな。川に上ってくるうなぎをとろうという算段じゃ。若者は釣りなどしたことがなかったが、母親のためとあって神様に祈りが通じたのじゃろうか、一匹の立派なうなぎが竿にかかった。
これはありがたいと、若者はうなぎをつかんだが、なにせうなぎというものはぬるぬるすべる。うなぎの頭をこうおさえ、首のところをこうつかみ、よっとな、やっとなと、つかまえようとするのだが、うなぎはどんどん逃げようとする。そのうなぎを手が追いかけ、手にはからだがついていき、からだを足が追いかけて、若者はどんどん走り出す。
走って走って、けつまづいたところで、うなぎはぽーんと飛ばされて、向こうの川ににげこんだ。若者の方はあべこべに、けつまづいたいきおいでぐしゃり。落ちたところは傘屋の仕事場。
傘屋は驚いて、若者に問うた。
「おまはん、どこから来なはった」
「はあ。うなぎを追ってこちらまで」
「うなぎかなんかは知らんけど、こらまあこっちも困ります」
「はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、あらへんで」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっと手伝うていけ」
そこで若者、すわりこんで傘屋の手伝い、傘張りをはじめたな。習うたわけでもないのに、手先が器用なんじゃろか、若者たちまち一本の傘を張り終えた。
「こりゃお見事」と、傘屋も感心。
若者すっかり気をよくし、傘を開いて見栄を切る。ところがそこに一陣の風、たちまちふいて、吹き飛ばす。あれと思うまもなく若者は、天に飛ばされ、舞い上がる。
着いたところは雲の上。雷神様の仕事中。
「おまえは、どこからやって来た」
「はあ。風に飛ばされこちらまで」
「風の都合は知らんけど、ここらはちょっと忙しい」
「はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、あらへんで」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっと手伝うていけ」
そこで若者、見よう見まねで雷神様を手伝うた。太鼓をどんどん打ち鳴らし、手桶で水をざあぶざぶ。手桶の水は、たちまちに、雨に変わってどっしゃぶり。調子にのって若者は、あちらこちらと駆け回る。
「おいおい、そっちは危ないぞ」、雷神様の呼びかけも、まるで頭は上の空。
「そっちは雲が薄いというに」。声も届かずまっさかさま。
あっという間に海の中。ざぼんと落ちて、ぶくぶくと、海の底まで一直線。
落ちたところは竜宮の、晴れの広間の真ん中で、乙姫様が驚いた。
「あなたはいったい、どちらから」
「はあ。雲踏み外してこちらまで」
「それは気の毒、お怪我はないか」
「怪我はないけど、いやはや、はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、ありまへん」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっとお休みなされ」
たちまち出てくるご馳走に、若者さすがに怪しんだ。
「竜宮城のご馳走に、みやげは煙の玉手箱。爺になるのはちと困る」
「なにをたわけた昔話。気にせずどうぞ召し上がれ」
若者一口食べてみて、味気ないのに驚いた。
「竜宮城なら鯛のつくり、平目の縁側、烏賊そうめん、蛸の酢の物ないものか」
「なにをおっしゃる、この城は、魚や貝の極楽で、そんな殺生いたしませぬ」
出されたご馳走よくみれば、みんなわかめやてんぐさの、精進料理でありました。
もっとうまいものが食いたくなった若者、ふと見ると、目の前に海老が泳いでいる。これはありがたい、海老の踊り食いと、箸を伸ばした若者を、乙姫様が止める間もなく、かかる針。あわれ若者、釣りの餌に食いついて、あっという間に釣り上げられた。
釣り上げられた船の上。漁師がさすがに驚いて、
「おまはん、ぜんたいどこから来た」
「はあ。竜宮城からこちらまで」
「竜宮城とは豪勢な。けど、ここらはちょっと忙しい」
「はあ。どうしましょうなあ」
「どうしましょうや、あらへんで」
「それではいったい、どうしましょう」
「どうしましょうも、こうしましょうも、それではちょっと手伝うていけ」
そこで若者、漁師の仕事を手伝うた。漁師はたいそう喜んで、帰りにみやげをしこたまくれた。とりたて魚をざる一杯。そしてうれしやその中に、大きなうなぎがおったとさ。
若者、家に駆け込んで、さっそくうなぎを料理して、病の母に食わせたら、気の病はたちまち失せて、母親は元通り元気になったそうな。
はあ、めでたいな、めでたいな。
(初出:August 21, 2009)