むかしむかし、平和を愛する王様がおられました。この王様のお父様の王様もやはり平和を愛する方でしたし、そのまたお父様もそうでした。ですから、この国にはずっと前から、つるぎややり、かたなやゆみやといった、いくさに使うものはないのでした。
王様のお父様は、まだ若いころ、かたなを見たことがありました。お父様のお父様は、ゆみやの使い手で、ずいぶんとおそれられた、いくさの名人でした。けれど、あるとき、たたかいのかなしさにほとほといやけがさして、国中から人ごろしに使うためのものを、ぜんぶなくしてしまおうと心に決めたのです。そのために、まず、自分がたいせつにしていたゆみやをすてました。それを見て、家来たちもやりやかたなをすてました。そんなふうにして、人をころさない国ができあがったのです。
けれど、そのおじい様のまごにあたるこの王様は、つるぎもやりも、かたなもゆみやも、人をころすためのものはなにひとつ、見たことがありませんでした。お父様のお父様がそういったものをぜんぶすててしまったので、この国にはそういうものがなにも残っていなかったのです。ですから、王様はいくさのことは物語で聞いたことがあるだけで、じっさいにどんなことが起こるのか、まるで知りませんでした。つるぎやゆみやは、絵の中にえがかれたものでしかありませんでした。
さて、あるとき、遠くの国からひとりの商人がやってきました。この商人は、ひきつれたたくさんのらくだの背に、重そうな荷物をどっさりと積んで国のさかいまでやってきました。もちろん、役人たちは荷物を調べます。ぴかぴか光るはものが出てきたので、「これはなんだ」ということになりました。
商人は、申し上げました。「これは建物のかざりに使う金物でございます」。
役人たちは、だれひとり、やりやつるぎ、かたなやゆみやを見たことがありませんでした。そんなものは、何十年も前からこの国にはなかったのです。ですから、商人のウソにすっかりだまされて、らくだの列を通してしまいました。
商人は、みやこに着くと、まっすぐに王様のごてんに行きました。そして、王様にお目通りを願い出て、こう申し上げました。
「遠い国より、王様にふさわしいつるぎをおもちいたしました。王様の気高さと平和を愛する心をあらわすよう、かたなかじが心をこめて打ち上げたものでございます」
商人がさし出したのは、つかやさやに美しい宝石をちりばめた、みごとなつるぎでした。王様のお付きの人々や大臣たちから、いっせいに声がもれました。
王様は、ざわめきをしずめて、こう申されました。
「しかし、つるぎやかたなは、この国では禁じられておる。そちは遠い国のものだから知らないかもしれないが、この国にはそういったあぶないものをもちこんではならないのだよ」
商人は、おちつきはらって答えました。
「王様と、この国の皆様の平和を愛する心には、まことに頭が下がります。そのうるわしい心を形としてあらわしました、いわば平和のすがたがこのつるぎでございます」
そして商人は、すらりとつるぎをさやから抜きはなちました。氷のようなそのやいばは、宝石よりももっと深みをたたえて光ります。またも人々のあいだからどよめきがおこりました。
「たしかに、美しいものではあるな」。王様は、ゆっくりとおっしゃいました。「しかし、人ごろしに使うものにはまちがいあるまい」
「なにをおっしゃいます」。商人は、さもおどろいたように声をあげました。「平和の祈りをこめたつるぎでございます。いかなるよこしまなことも、このつるぎにはできはしません」。そして、にこりと笑って切っ先に指をあてました。「このとおり、人の肉は切ることができません。しかし!」さけび声とともにポケットから紙をとりだすと、「このとおり、切れ味はかみそりにさえ負けるものではございません」と、紙を細かくさきました。小さく切られた紙は、花吹雪のようにあたりにまいちります。
「うむ、みごとなものである」。王様はおっしゃいました。
「このつるぎ、ぜひとも王様に差し上げたいと存じます」。商人は深々と頭を下げました。
「よくわかった」。王様はおっしゃいました。「平和を愛する心をあらわしたものとして、たしかにそれを受けとろう。私はこれを、平和のつるぎと名づけるとする」
王様がつるぎを贈られたといううわさは、たちまちみやこじゅうに広まりました。その日のうちにはもう、商人が泊まっている宿屋には黒山の人だかりができました。なにしろ、もう何十年もつるぎなどなかった国です。だれもがめずらしがって、一目でもつるぎを見たいと思ったのもむりはありません。商人がたくさんのらくだを連れていたことは、もうみんな知っていました。王様にさし上げたつるぎのほかにも、きっとなにかもっているはずだと、だれもが思ったのです。
けれど、商人は人々に向かってじゃけんに言いました。「おまえさんたちは、この国のおきてを知らないのかね。人ごろしに使うようなものはここにはない。さ、お帰り」
それでも、まだあとに残って、何かとめずらしいおくりものやお金をわたそうとしている人々もいました。夜おそくまで、そんなさわぎは続いたのです。
次の日、王様の家来たちが商人の宿にやってきました。商人はとらえられ、大臣の前に引き出されました。
「いったいぜんたい、どういうさわぎじゃ」と、責め立てるように、大臣は商人にたずねました。「人々が、おまえのところにつるぎを買いにおしよせているというではないか」
「そのとおりでございます」。商人は、わるびれもせず答えました。「しかし、閣下。私はこの国のおきてをかたく守っております。王様にさし上げたほかは、ただの一本も、つるぎをだれにもわたしておりませぬ」
「だが、おまえがつるぎをこの国にもちこんだというのはどうじゃ」
「はい。たしかに王様にさし上げたほかにも、いくつかつるぎはもってきております」。商人は、しおらしく答えました。「ただし、それは決して、この国のおきてにそむくためではございません。むしろ、この国のおきてをたいせつにするためでございます」
「それはどういうことじゃ」。大臣はわけのわからない顔でたずねました。
「はい。王様は、いまや平和のつるぎをおもちになっております。このつるぎがありますかぎり、この国の平和はゆるぐことはないでしょう。しかし」と、商人は声の調子を変えました。「この平和は、平和のつるぎが国じゅうのみなの心にはっきりときざみこまれてこそ、よりたしかなものになります。そのためには、人々にいつもこのつるぎのことを思い出させるようにしなければなりません」
「どういうことだね」。と大臣はつぶやきました。
「かんたんなことです。王様がつるぎをもって、みなの前に立たれればよいのです。ただし」と、また商人は声の調子を変えました。「王様ひとりがおおぜいの人々の前でつるぎをお召しになっていても、なかなかいげんというものがそなわりません。それよりは、王様のおそばのご家来百人の方が、王様のもっておられる平和のつるぎを引き立てるようなつるぎを身につけて、おならびになるとよいのです」
そして、商人は、布でつつんだ長いものをとりだしました。「これが、ご家来さまのためのつるぎでございます」
さし出された大臣はそれを受けとりました。つつみをといてみると、たしかに美しいさやにはいった、長いつるぎです。つかやさやのかざりつけは、王様のものほどごうかではありません。それでも、すっきりとしたその細工は、たいへんみごとなものです。大臣は、さやをぬいてみました。きらりと光るそのやいばは、これもまた、王様のものほどではありませんが、ほれぼれと見とれてしまうようなかがやきをもっています。
商人は、頭を下げて、言いました。「これを、ご家来さま方にさし上げたいと思い、もってまいったしだいでございます」
その何日かあとに、王様が平和のつるぎを人々に見せるための集まりが開かれました。お天気のよい日だったそうです。広場の高いところに王様の席がしつらえられました。そこに王様は宝石でかざられたつるぎをもって立ち、この国がいつまでも平和と愛にみちてさかえますようにと、祈りをささげました。王様の前では百人の家来がいっせいにつるぎをぬいて、声を合わせました。そのさまは、たいへん美しく、見る人々の心に、深く、平和と愛のとうとさをきざみこんだのでした。
それからしばらく、みやこは静かでした。それまでとかわったことはほとんどありませんでしたが、目ざとい人は、以前よりも遠くの国から荷物を運んでくるらくだがふえたことに気がつきました。らくだは、みやこの外でも前よりふえていたのです。
あの商人は、いつの間にかみやこのまん中、王様のごてんのすぐ近くに住むようになっていました。その大きな家には、昼間はあまり人気がないのですが、夜になると人目をしのぶようにいろんな人がやってきました。大臣や王様の家来は、こっそりと玄関をくぐりました。裏口からは、もっとあやしげな人たちが足音を立てないように出入りしていました。
けれど、しばらくは何事も起こらなかったのです。
半年ほどもすぎたでしょうか。大臣がひとり、王様のもとにやってきてこう言いました。「王様、北の国さかいで、あらそいがおこっております」
王様の国の北のはしは、さばくになっています。ほとんどだれも住んでいないのです。けれど、ときどきひつじかいたちがひつじを追ってやってきます。ときには、ひつじたちが畑にはいってしまうこともあって、そんなときにはわずかな村人たちと小さなあらそいになります。
これまでも、そんなあらそいはありました。けれど、さいごにはたいてい、話し合いでなかよくなれました。王様は、そんな話し合いのために、さかだるをおくることもありました。それでだいたいは、うまくいってきたのです。
「では、さかだるをおくるがよい」と、王様はおっしゃいました。ところが、大臣はこう答えたのです。
「王様、これまでもたびたび、北の国さかいではこのようなあらそいがおこっております。平和を愛するわが国としましては、二度とこのようなことがおこらないよう、しっかりした手だてをうたねばならないのではないでしょうか」
「ふむ。それはどういうことだね」
「平和のつるぎを、ひつじかいたちに見せるのです」
「なるほど、それはいい考えだ。あの美しいつるぎを見れば、ひつじかいたちも平和のとうとさがわかるだろう」
「はい、そうでございます。さいわいに、王様がお出ましにならなくとも、家来百人に平和のつるぎがございます。そのうち何人かをおつかわしになったらよろしいでしょう」
王様は、ふかくうなづかれました。「それでは、家来のうち二人か三人を北の国さかいにつかわして、平和と愛をみなに教えるように」と、おめいじになったのです。
つるぎをもった家来の中から三人が選ばれ、馬にのりました。けれど、出発したのは三人だけではありませんでした。三人のあとから、おつきの者たちが行列をつくってしたがいました。王様のご家来ともなれば、それはそれはたくさんの召使いを連れているものですからね。
ところが、この行列は、どういうわけか、いったんあの商人の家にはいっていきました。そして、そこから出てきたときには、召使いたちの手にはなにやらおそろしげなものがたくさんにぎられていたのです。それに気がついた人はほとんどいませんでした。
何週間かがすぎて、家来たちはもどってきました。三人の家来はとくいげに先頭を行進していきます。そのあとには、つかまえられたひつじかいたちが、なわをかけられてあるいていきます。そのあとからは、召使いたちがやりやゆみやを光らせて足なみをそろえます。ほんとうは、そのあとからこっそりと、けがをした召使いたちや、かなしげにはこをはこんでいる召使いたちもつづいたのですが、それにはだれも気づきませんでした。
三人の家来は王様の前にすすむと、ほこらしげに申し上げました。「王様、北の国のさかいに平和をもたらしてまいりました。もう二度と、これまでのようなあらそいはおこらないでしょう」
「ごくろうであった」。王様はそうおっしゃって、ご家来たちにほうびをおわたしになったのでした。
王様は、なにもかもがうまくいったと、とても喜んでいました。ところがそのひと月ほどあとになって、遠い国から使者がやってきたのですから、おどろいたのは言うまでもありません。
使者としてやってきた騎士は、王様の前に進み出ると、手紙を読み上げました。とてもむずかしい言葉で書いてあったので、大臣でさえ、すぐにはその意味がわかりませんでした。けれど、どうやら遠い国の王様は、とても怒っているらしいのです。それは、自分の国の人々が、この国の兵隊にころされ、つれさられたからだというのです。
「しかし、私の国には兵隊などいないではないか」と、王様はつぶやきました。「もともといない兵隊が、どうやってとなりの国の人々をころせるというのだ」
「そのしょうこは、ここにある」。おつかいの騎士は、一本のつるぎをとりだしました。「われわれの国びとと、そちらの国の兵隊がたたかったとき、われわれのほうは五人のいのちをうしなったが、そちらの大将はこのつるぎをうしなった。これがたたかいのしょうこだ」
家来たちは、ざわめきました。王様は、家来たちにたずねました。「これは、平和のつるぎではないのかね」
北の国さかいまで行った三人の家来のうち、ひとりが真っ赤な顔で進み出ました。「たしかにそれは、わたしがぬすまれたものでございます」
「ぬすまれたなどと、おかしなことを言うわい」と、騎士が笑いました。「たたかいでたおされ、おまえはもうすこしでいのちまで失うところだったではないか。逃げ足がはやくなければな。このつるぎは、おまえが逃げたあとに落ちておったのよ」
「しかし、最後に勝ったのはこっちではないか」
「ほらほら」と、騎士は大きな声であざ笑いました。「王様、あなたの家来が、たたかいがあったとみとめましたよ」
そして、はっきりと、こう言ったのです。
「ひとつ。とらわれとなったわが国の人々をただちに返すこと。ひとつ。正式に王様よりあやまること。ひとつ。あやまったことのしるしに、金と銀、宝石を残らず差し出すこと」。そして、最後に、あたりをじろりと見回して、こうつけ加えました。「もしもこれができないのなら、ただちに軍隊が、このみやこに攻め入るだろう」と。
たちまち、みやこは大さわぎになりました。なにしろ、いくさといえば王様のお父様のお父様のころ、もう何十年も前になくなってしまったものなのです。だれもがおちつかず、あちらこちらと走りまわりました。
王様は、大臣たちにこうおっしゃいました。「この国は、平和を愛する国だ。いくさはいかん。なんとか平和におさめることはできないものか」
大臣たちは、顔を見合わせました。「おそれながら、申し上げます。とらえてきたひつじかいたちを帰すことはかんたんです。人をころしたのなら、そのことをあやまることもよろしいかもしれません。しかし、金、銀、宝石をすべてというのは、どう考えても無理がございます」
「ならば、どうやって平和をたもてばよい」
「はい」と、ひとりの大臣が進み出ました。この大臣は、あの商人の家にいつも出入りしていたひとりです。「ここは、平和のつるぎを使うしかなかろうと思います」
「うむ」と、王様はうなづきました。「平和のつるぎの力で、平和がたもてるなら、それがよかろう」
そして、王様は、平和のつるぎをもったご家来たち百人を、遠い国に向けておつかわしになりました。
遠い国がほろぼされたと聞いて、みやこの人々はほっとしました。けれど、王様はけわしい顔で大臣に言いました。
「いくさで多くの人が死んだというではないか。平和はどこへいったのだ」
大臣は、おごそかに答えました。「おそれながら、この国の兵隊で死んだ者はわずか百人でございます。これは、敵の死んだ者二千人に比べれば、ほとんどなかったも同じことでございます。かりに敵がこちらに攻めてきたとしましたら、それどころではない多くの人々が死んだことでしょう」
そして、大臣は言葉の調子を変えてほこらしげに言いました。「私どもはぎせいをできるかぎり小さくいたしました。そして、平和のつるぎはあの遠い国にも平和をもたらしました。いまや王様の国にも遠くの国にも、平和がみちあふれているのでございます」
それからしばらくして、山なみの向こうの国から使者がやってきました。使者はむねをはって、山なみの向こうの国の王様からの手紙を読み上げました。やっぱりむずかしい言葉で書いてありました。かんたんに言い直せば、こういうことです。
「あの滅ぼされた遠い国の王様は、親戚である。親戚のかたきを打つため、この国を攻める。いやならこうさんしろ」
また、みやこは大さわぎになりました。王様は大臣を集めて相談をしました。
また、あの大臣が進み出ました。「こうなっては、いくさはさけられません。平和のつるぎを集め、立ち向かうしかありません」
「だが、私はたたかいたくないのだ」と、王様はおっしゃいました。「この平和のつるぎで、私が国をまもることができるだろうか」
「王様がじきじきいくさにお出ましになることはございません」と、大臣は答えました。「ここに、いくさをとくいとする者がおります。この者に、王様の平和のつるぎをおさずけになり、いくさのさしずをさせればよろしいでしょう」
そして、大臣は召使いにあいずをしました。召使いはすぐに、男をひとり連れてきました。あの商人です。商人は、ふかぶかと頭を下げました。
「王様のご命令があれば、私は大将として、かならずこのいくさに勝って、国をまもってごらんにいれましょう」
王様は、しばらくまゆをひそめておられました。それから、ゆっくりと腰のつるぎをはずすと、商人に手わたしたのでした。
商人が大将となった軍隊は、たちまちのうちに山をこえていきました。兵隊たちの手には、かたなややり、ゆみややつるぎがぴかぴか光っていました。どれも商人が運んできたもので、大臣はずいぶんと高いお金を払ってこれを王様のために買ったということです。なにしろ国がほろびるかどうかというときですから、けちけちするわけにはいきません。
いくらもたたないうちに、ひきゃくが山をこえてきました。王様の軍隊は、敵をみなごろしにしました。もう、敵にころされる心配はありません。
王様は、けわしい顔で大将がもどるのをまちました。平和はどこへ行ったというのでしょう。どこもかしこも、いくさ、いくさ、そして人ごろしではありませんか。いったい平和と愛はどうなったのでしょうか。
けれど、王様はまつこともなかったのです。ある朝、王様が目をさますと、たくさんの兵隊が王様の部屋にはいってきていました。王様をつかまえると、たちまちろうやに入れてしまったのです。
商人の大将は、みやこにもどってくると、自分が王様になったのだとおふれを出しました。だれもさからいませんでした。だれだって兵隊にころされたくはありませんからね。
商人の王様は、それからあちこちの国にいくさをしかけ、たくさんの国をほろぼしました。ところがあるとき、せなかからつるぎでひとつき、ころされてしまいました。
商人の王様をころした兵隊は、自分が王様だと言いました。やっぱりだれもころされたくはないので、この新しい王様にしたがいました。けれど、やがて新しい王様もころされ、また新しい王様ができました。そのうちに、国のあちこちでいくさがおこり、あちこちに自分が王様だという兵隊がふえていきました。さいごには、だれが王様だかわからないまま、いくさばかりがつづくようになりました。
もとの王様は、ろうやのなかでこのようすを聞いてたいそう悲しまれました。いったい何がいけなかったのだろうと、自分に問いかけました。平和を愛してゆみやをすてたおじいさまのことを思って泣きました。
泣いても、死んだ人のいのちはかえってこないのですけれどね。
王様のお父様は、まだ若いころ、かたなを見たことがありました。お父様のお父様は、ゆみやの使い手で、ずいぶんとおそれられた、いくさの名人でした。けれど、あるとき、たたかいのかなしさにほとほといやけがさして、国中から人ごろしに使うためのものを、ぜんぶなくしてしまおうと心に決めたのです。そのために、まず、自分がたいせつにしていたゆみやをすてました。それを見て、家来たちもやりやかたなをすてました。そんなふうにして、人をころさない国ができあがったのです。
けれど、そのおじい様のまごにあたるこの王様は、つるぎもやりも、かたなもゆみやも、人をころすためのものはなにひとつ、見たことがありませんでした。お父様のお父様がそういったものをぜんぶすててしまったので、この国にはそういうものがなにも残っていなかったのです。ですから、王様はいくさのことは物語で聞いたことがあるだけで、じっさいにどんなことが起こるのか、まるで知りませんでした。つるぎやゆみやは、絵の中にえがかれたものでしかありませんでした。
さて、あるとき、遠くの国からひとりの商人がやってきました。この商人は、ひきつれたたくさんのらくだの背に、重そうな荷物をどっさりと積んで国のさかいまでやってきました。もちろん、役人たちは荷物を調べます。ぴかぴか光るはものが出てきたので、「これはなんだ」ということになりました。
商人は、申し上げました。「これは建物のかざりに使う金物でございます」。
役人たちは、だれひとり、やりやつるぎ、かたなやゆみやを見たことがありませんでした。そんなものは、何十年も前からこの国にはなかったのです。ですから、商人のウソにすっかりだまされて、らくだの列を通してしまいました。
商人は、みやこに着くと、まっすぐに王様のごてんに行きました。そして、王様にお目通りを願い出て、こう申し上げました。
「遠い国より、王様にふさわしいつるぎをおもちいたしました。王様の気高さと平和を愛する心をあらわすよう、かたなかじが心をこめて打ち上げたものでございます」
商人がさし出したのは、つかやさやに美しい宝石をちりばめた、みごとなつるぎでした。王様のお付きの人々や大臣たちから、いっせいに声がもれました。
王様は、ざわめきをしずめて、こう申されました。
「しかし、つるぎやかたなは、この国では禁じられておる。そちは遠い国のものだから知らないかもしれないが、この国にはそういったあぶないものをもちこんではならないのだよ」
商人は、おちつきはらって答えました。
「王様と、この国の皆様の平和を愛する心には、まことに頭が下がります。そのうるわしい心を形としてあらわしました、いわば平和のすがたがこのつるぎでございます」
そして商人は、すらりとつるぎをさやから抜きはなちました。氷のようなそのやいばは、宝石よりももっと深みをたたえて光ります。またも人々のあいだからどよめきがおこりました。
「たしかに、美しいものではあるな」。王様は、ゆっくりとおっしゃいました。「しかし、人ごろしに使うものにはまちがいあるまい」
「なにをおっしゃいます」。商人は、さもおどろいたように声をあげました。「平和の祈りをこめたつるぎでございます。いかなるよこしまなことも、このつるぎにはできはしません」。そして、にこりと笑って切っ先に指をあてました。「このとおり、人の肉は切ることができません。しかし!」さけび声とともにポケットから紙をとりだすと、「このとおり、切れ味はかみそりにさえ負けるものではございません」と、紙を細かくさきました。小さく切られた紙は、花吹雪のようにあたりにまいちります。
「うむ、みごとなものである」。王様はおっしゃいました。
「このつるぎ、ぜひとも王様に差し上げたいと存じます」。商人は深々と頭を下げました。
「よくわかった」。王様はおっしゃいました。「平和を愛する心をあらわしたものとして、たしかにそれを受けとろう。私はこれを、平和のつるぎと名づけるとする」
王様がつるぎを贈られたといううわさは、たちまちみやこじゅうに広まりました。その日のうちにはもう、商人が泊まっている宿屋には黒山の人だかりができました。なにしろ、もう何十年もつるぎなどなかった国です。だれもがめずらしがって、一目でもつるぎを見たいと思ったのもむりはありません。商人がたくさんのらくだを連れていたことは、もうみんな知っていました。王様にさし上げたつるぎのほかにも、きっとなにかもっているはずだと、だれもが思ったのです。
けれど、商人は人々に向かってじゃけんに言いました。「おまえさんたちは、この国のおきてを知らないのかね。人ごろしに使うようなものはここにはない。さ、お帰り」
それでも、まだあとに残って、何かとめずらしいおくりものやお金をわたそうとしている人々もいました。夜おそくまで、そんなさわぎは続いたのです。
次の日、王様の家来たちが商人の宿にやってきました。商人はとらえられ、大臣の前に引き出されました。
「いったいぜんたい、どういうさわぎじゃ」と、責め立てるように、大臣は商人にたずねました。「人々が、おまえのところにつるぎを買いにおしよせているというではないか」
「そのとおりでございます」。商人は、わるびれもせず答えました。「しかし、閣下。私はこの国のおきてをかたく守っております。王様にさし上げたほかは、ただの一本も、つるぎをだれにもわたしておりませぬ」
「だが、おまえがつるぎをこの国にもちこんだというのはどうじゃ」
「はい。たしかに王様にさし上げたほかにも、いくつかつるぎはもってきております」。商人は、しおらしく答えました。「ただし、それは決して、この国のおきてにそむくためではございません。むしろ、この国のおきてをたいせつにするためでございます」
「それはどういうことじゃ」。大臣はわけのわからない顔でたずねました。
「はい。王様は、いまや平和のつるぎをおもちになっております。このつるぎがありますかぎり、この国の平和はゆるぐことはないでしょう。しかし」と、商人は声の調子を変えました。「この平和は、平和のつるぎが国じゅうのみなの心にはっきりときざみこまれてこそ、よりたしかなものになります。そのためには、人々にいつもこのつるぎのことを思い出させるようにしなければなりません」
「どういうことだね」。と大臣はつぶやきました。
「かんたんなことです。王様がつるぎをもって、みなの前に立たれればよいのです。ただし」と、また商人は声の調子を変えました。「王様ひとりがおおぜいの人々の前でつるぎをお召しになっていても、なかなかいげんというものがそなわりません。それよりは、王様のおそばのご家来百人の方が、王様のもっておられる平和のつるぎを引き立てるようなつるぎを身につけて、おならびになるとよいのです」
そして、商人は、布でつつんだ長いものをとりだしました。「これが、ご家来さまのためのつるぎでございます」
さし出された大臣はそれを受けとりました。つつみをといてみると、たしかに美しいさやにはいった、長いつるぎです。つかやさやのかざりつけは、王様のものほどごうかではありません。それでも、すっきりとしたその細工は、たいへんみごとなものです。大臣は、さやをぬいてみました。きらりと光るそのやいばは、これもまた、王様のものほどではありませんが、ほれぼれと見とれてしまうようなかがやきをもっています。
商人は、頭を下げて、言いました。「これを、ご家来さま方にさし上げたいと思い、もってまいったしだいでございます」
その何日かあとに、王様が平和のつるぎを人々に見せるための集まりが開かれました。お天気のよい日だったそうです。広場の高いところに王様の席がしつらえられました。そこに王様は宝石でかざられたつるぎをもって立ち、この国がいつまでも平和と愛にみちてさかえますようにと、祈りをささげました。王様の前では百人の家来がいっせいにつるぎをぬいて、声を合わせました。そのさまは、たいへん美しく、見る人々の心に、深く、平和と愛のとうとさをきざみこんだのでした。
それからしばらく、みやこは静かでした。それまでとかわったことはほとんどありませんでしたが、目ざとい人は、以前よりも遠くの国から荷物を運んでくるらくだがふえたことに気がつきました。らくだは、みやこの外でも前よりふえていたのです。
あの商人は、いつの間にかみやこのまん中、王様のごてんのすぐ近くに住むようになっていました。その大きな家には、昼間はあまり人気がないのですが、夜になると人目をしのぶようにいろんな人がやってきました。大臣や王様の家来は、こっそりと玄関をくぐりました。裏口からは、もっとあやしげな人たちが足音を立てないように出入りしていました。
けれど、しばらくは何事も起こらなかったのです。
半年ほどもすぎたでしょうか。大臣がひとり、王様のもとにやってきてこう言いました。「王様、北の国さかいで、あらそいがおこっております」
王様の国の北のはしは、さばくになっています。ほとんどだれも住んでいないのです。けれど、ときどきひつじかいたちがひつじを追ってやってきます。ときには、ひつじたちが畑にはいってしまうこともあって、そんなときにはわずかな村人たちと小さなあらそいになります。
これまでも、そんなあらそいはありました。けれど、さいごにはたいてい、話し合いでなかよくなれました。王様は、そんな話し合いのために、さかだるをおくることもありました。それでだいたいは、うまくいってきたのです。
「では、さかだるをおくるがよい」と、王様はおっしゃいました。ところが、大臣はこう答えたのです。
「王様、これまでもたびたび、北の国さかいではこのようなあらそいがおこっております。平和を愛するわが国としましては、二度とこのようなことがおこらないよう、しっかりした手だてをうたねばならないのではないでしょうか」
「ふむ。それはどういうことだね」
「平和のつるぎを、ひつじかいたちに見せるのです」
「なるほど、それはいい考えだ。あの美しいつるぎを見れば、ひつじかいたちも平和のとうとさがわかるだろう」
「はい、そうでございます。さいわいに、王様がお出ましにならなくとも、家来百人に平和のつるぎがございます。そのうち何人かをおつかわしになったらよろしいでしょう」
王様は、ふかくうなづかれました。「それでは、家来のうち二人か三人を北の国さかいにつかわして、平和と愛をみなに教えるように」と、おめいじになったのです。
つるぎをもった家来の中から三人が選ばれ、馬にのりました。けれど、出発したのは三人だけではありませんでした。三人のあとから、おつきの者たちが行列をつくってしたがいました。王様のご家来ともなれば、それはそれはたくさんの召使いを連れているものですからね。
ところが、この行列は、どういうわけか、いったんあの商人の家にはいっていきました。そして、そこから出てきたときには、召使いたちの手にはなにやらおそろしげなものがたくさんにぎられていたのです。それに気がついた人はほとんどいませんでした。
何週間かがすぎて、家来たちはもどってきました。三人の家来はとくいげに先頭を行進していきます。そのあとには、つかまえられたひつじかいたちが、なわをかけられてあるいていきます。そのあとからは、召使いたちがやりやゆみやを光らせて足なみをそろえます。ほんとうは、そのあとからこっそりと、けがをした召使いたちや、かなしげにはこをはこんでいる召使いたちもつづいたのですが、それにはだれも気づきませんでした。
三人の家来は王様の前にすすむと、ほこらしげに申し上げました。「王様、北の国のさかいに平和をもたらしてまいりました。もう二度と、これまでのようなあらそいはおこらないでしょう」
「ごくろうであった」。王様はそうおっしゃって、ご家来たちにほうびをおわたしになったのでした。
王様は、なにもかもがうまくいったと、とても喜んでいました。ところがそのひと月ほどあとになって、遠い国から使者がやってきたのですから、おどろいたのは言うまでもありません。
使者としてやってきた騎士は、王様の前に進み出ると、手紙を読み上げました。とてもむずかしい言葉で書いてあったので、大臣でさえ、すぐにはその意味がわかりませんでした。けれど、どうやら遠い国の王様は、とても怒っているらしいのです。それは、自分の国の人々が、この国の兵隊にころされ、つれさられたからだというのです。
「しかし、私の国には兵隊などいないではないか」と、王様はつぶやきました。「もともといない兵隊が、どうやってとなりの国の人々をころせるというのだ」
「そのしょうこは、ここにある」。おつかいの騎士は、一本のつるぎをとりだしました。「われわれの国びとと、そちらの国の兵隊がたたかったとき、われわれのほうは五人のいのちをうしなったが、そちらの大将はこのつるぎをうしなった。これがたたかいのしょうこだ」
家来たちは、ざわめきました。王様は、家来たちにたずねました。「これは、平和のつるぎではないのかね」
北の国さかいまで行った三人の家来のうち、ひとりが真っ赤な顔で進み出ました。「たしかにそれは、わたしがぬすまれたものでございます」
「ぬすまれたなどと、おかしなことを言うわい」と、騎士が笑いました。「たたかいでたおされ、おまえはもうすこしでいのちまで失うところだったではないか。逃げ足がはやくなければな。このつるぎは、おまえが逃げたあとに落ちておったのよ」
「しかし、最後に勝ったのはこっちではないか」
「ほらほら」と、騎士は大きな声であざ笑いました。「王様、あなたの家来が、たたかいがあったとみとめましたよ」
そして、はっきりと、こう言ったのです。
「ひとつ。とらわれとなったわが国の人々をただちに返すこと。ひとつ。正式に王様よりあやまること。ひとつ。あやまったことのしるしに、金と銀、宝石を残らず差し出すこと」。そして、最後に、あたりをじろりと見回して、こうつけ加えました。「もしもこれができないのなら、ただちに軍隊が、このみやこに攻め入るだろう」と。
たちまち、みやこは大さわぎになりました。なにしろ、いくさといえば王様のお父様のお父様のころ、もう何十年も前になくなってしまったものなのです。だれもがおちつかず、あちらこちらと走りまわりました。
王様は、大臣たちにこうおっしゃいました。「この国は、平和を愛する国だ。いくさはいかん。なんとか平和におさめることはできないものか」
大臣たちは、顔を見合わせました。「おそれながら、申し上げます。とらえてきたひつじかいたちを帰すことはかんたんです。人をころしたのなら、そのことをあやまることもよろしいかもしれません。しかし、金、銀、宝石をすべてというのは、どう考えても無理がございます」
「ならば、どうやって平和をたもてばよい」
「はい」と、ひとりの大臣が進み出ました。この大臣は、あの商人の家にいつも出入りしていたひとりです。「ここは、平和のつるぎを使うしかなかろうと思います」
「うむ」と、王様はうなづきました。「平和のつるぎの力で、平和がたもてるなら、それがよかろう」
そして、王様は、平和のつるぎをもったご家来たち百人を、遠い国に向けておつかわしになりました。
遠い国がほろぼされたと聞いて、みやこの人々はほっとしました。けれど、王様はけわしい顔で大臣に言いました。
「いくさで多くの人が死んだというではないか。平和はどこへいったのだ」
大臣は、おごそかに答えました。「おそれながら、この国の兵隊で死んだ者はわずか百人でございます。これは、敵の死んだ者二千人に比べれば、ほとんどなかったも同じことでございます。かりに敵がこちらに攻めてきたとしましたら、それどころではない多くの人々が死んだことでしょう」
そして、大臣は言葉の調子を変えてほこらしげに言いました。「私どもはぎせいをできるかぎり小さくいたしました。そして、平和のつるぎはあの遠い国にも平和をもたらしました。いまや王様の国にも遠くの国にも、平和がみちあふれているのでございます」
それからしばらくして、山なみの向こうの国から使者がやってきました。使者はむねをはって、山なみの向こうの国の王様からの手紙を読み上げました。やっぱりむずかしい言葉で書いてありました。かんたんに言い直せば、こういうことです。
「あの滅ぼされた遠い国の王様は、親戚である。親戚のかたきを打つため、この国を攻める。いやならこうさんしろ」
また、みやこは大さわぎになりました。王様は大臣を集めて相談をしました。
また、あの大臣が進み出ました。「こうなっては、いくさはさけられません。平和のつるぎを集め、立ち向かうしかありません」
「だが、私はたたかいたくないのだ」と、王様はおっしゃいました。「この平和のつるぎで、私が国をまもることができるだろうか」
「王様がじきじきいくさにお出ましになることはございません」と、大臣は答えました。「ここに、いくさをとくいとする者がおります。この者に、王様の平和のつるぎをおさずけになり、いくさのさしずをさせればよろしいでしょう」
そして、大臣は召使いにあいずをしました。召使いはすぐに、男をひとり連れてきました。あの商人です。商人は、ふかぶかと頭を下げました。
「王様のご命令があれば、私は大将として、かならずこのいくさに勝って、国をまもってごらんにいれましょう」
王様は、しばらくまゆをひそめておられました。それから、ゆっくりと腰のつるぎをはずすと、商人に手わたしたのでした。
商人が大将となった軍隊は、たちまちのうちに山をこえていきました。兵隊たちの手には、かたなややり、ゆみややつるぎがぴかぴか光っていました。どれも商人が運んできたもので、大臣はずいぶんと高いお金を払ってこれを王様のために買ったということです。なにしろ国がほろびるかどうかというときですから、けちけちするわけにはいきません。
いくらもたたないうちに、ひきゃくが山をこえてきました。王様の軍隊は、敵をみなごろしにしました。もう、敵にころされる心配はありません。
王様は、けわしい顔で大将がもどるのをまちました。平和はどこへ行ったというのでしょう。どこもかしこも、いくさ、いくさ、そして人ごろしではありませんか。いったい平和と愛はどうなったのでしょうか。
けれど、王様はまつこともなかったのです。ある朝、王様が目をさますと、たくさんの兵隊が王様の部屋にはいってきていました。王様をつかまえると、たちまちろうやに入れてしまったのです。
商人の大将は、みやこにもどってくると、自分が王様になったのだとおふれを出しました。だれもさからいませんでした。だれだって兵隊にころされたくはありませんからね。
商人の王様は、それからあちこちの国にいくさをしかけ、たくさんの国をほろぼしました。ところがあるとき、せなかからつるぎでひとつき、ころされてしまいました。
商人の王様をころした兵隊は、自分が王様だと言いました。やっぱりだれもころされたくはないので、この新しい王様にしたがいました。けれど、やがて新しい王様もころされ、また新しい王様ができました。そのうちに、国のあちこちでいくさがおこり、あちこちに自分が王様だという兵隊がふえていきました。さいごには、だれが王様だかわからないまま、いくさばかりがつづくようになりました。
もとの王様は、ろうやのなかでこのようすを聞いてたいそう悲しまれました。いったい何がいけなかったのだろうと、自分に問いかけました。平和を愛してゆみやをすてたおじいさまのことを思って泣きました。
泣いても、死んだ人のいのちはかえってこないのですけれどね。
(初出:April 12, 2009)