そらくんは、おふろのなかでたいくつしていました。だって、おふろのなかにはテレビもゲームもありません。おもちゃだって、おふろ用のつまらないものだけです。それなのに、じっと、お湯につかっていなければなりません。「からだがあたたまるまで、出ちゃだめだよ。いつだってそう言われます。からだがあたたまるまでって、いつなんでしょう。おふろにはいる前から、からだはホカホカとあたたかいのに、これいじょうあたためたら、とけてしまうんじゃないでしょうか。
じっとしていると、うごきたくなります。すわっていると、走りだしたくなります。どこまでもつづく広い野原を走りたくなります。そんなふうに走っていくと、目の前に雨がふりはじめました。
「せっけんがかかるから、ひっこんでなさい」
雨つぶに手をのばしたそらくんにむかって、おとうさんが言いました。おとうさんには、せなかに目がついているんでしょうか。ふりむきもせず、せっけんのあわをたてながら、そらくんにむかって言うのです。
「ほら、かたまでつからないと、からだがひえるよ」
そらくんは、お湯の中にもどって、シャワーの雨つぶを見ていました。大つぶの雨は、まるでジャングルの中にふる雨のようです。まっ白なゆげが、あたりをみたします。ゆげのおくそこに、なにかがうごいている──、そらくんは、はっとしました。
「あれは、なんだろう」
気をつけて、目をこらします。ゆげのおくから、ゆっくりと黒いかげがやってきます。
「ゴリラだ!」
そらくんは、びっくりしました。なにしろ、そらくんははだかです。はだかのままでゴリラに出あったら、だれだってびっくりするはずです。
「だいじょうぶ。わたしもはだかだよ」
ゴリラは、やさしく言いました。
「ごめんなさい」
そらくんは、わけもわからずに、あやまりました。
「いいんだよ。きみのせいじゃない」
ゴリラは、そう言って、ふりかえりました。
「だれのせいでもない。わたしたちは、みんななかまなんだから」
「どういうこと?」
そらくんには、ゴリラがなにを言っているのかわかりませんでした。
「おいで」
ゴリラは言って、そらくんにせなかをむけました。そらくんは、あわててゴリラのあとをおいかけました。まわりを、まっ白なもやがつつみ、なにひとつ見えなくなりました。
ゴリラは、さすがにジャングルの王さまです。いくらそらくんががんばっておいかけても、どんどんともやの中にきえていきます。そのすがたを見うしないかけたとき、そらくんの目の前で、バサバサッとなにかがうごきました。そらくんは、おどろいて目をとじました。その目をそっとひらくと、そこにはあざやかな色のはねをつけた大きな鳥が立っていました。鳥は、まんまるな目で、そらくんをまっすぐに見ています。
「ごめんなさい」
そらくんは、あわてて言いました。だって、この鳥のじゃまをしてしまったのかもしれません。
「あなたがわるいのじゃない」
鳥は言いました。
「あなたがしたことは、ぜんぶ、あなたにかえっていくのだから」
「どういうこと?」
そらくんには、鳥がなにを言いたいのかわかりません。こまっていると、いきなり鳥がはばたきました。
「さあ、おいで」
そう言って、鳥は白いもやの中にとんでいってしまいました。
ゴリラも鳥もいなくなって、そらくんは、どうしていいかわかりません。こまったなあと思ってふりかえったら、足もとに子犬ほどの大きさのけものが立っていました。かたちは動物園で見たことがある、しかにそっくりです。
「ごめんね」
そらくんは、そう言ってしゃがみこみました。だって、ふりかえったひょうしに、この小さなしかをけとばしそうになったからです。
「いいの」
しかは、言いました。
「あたし、けとばされるのには、なれてるから」
「でも、だからって、けとばされたくはないよね」
「うん。だから、いつもうまくにげるの。あたし、にげるのがじょうずなの」
そらくんは、やっぱりなんとこたえていいのかわかりませんでした。すると、しかは、ぴょんととびあがりました。
「さあ、こっちよ」
そらくんは、こんどこそおくれないように、しかのあとをいっしょうけんめいおいかけました。足もとにからまるつたを気にしながら、ころばないように走りました。すると、だんだんむこうに、いくつものかげが見えてきました。
そこは、森の中の小さな空き地でした。さっきのゴリラがいます。あの美しい鳥もいます。それだけではありません。もっと小さいのや中くらいの大きさの鳥がたくさんいます。どの鳥も、それぞれにあざやかなはねの色をしています。その色が、白いもやの中でやわらかく光っています。
鳥だけではありません。木の上にいる動物はねこでしょうか。いいえ、ねこよりももっとすばしっこそうです。その近くには、さるのなかまがいます。こうやってみると、ゴリラがどれほど大きいのかがよくわかります。りすのような小さなけものもいます。地面からは、ねずみのような顔が見えています。ひょっとしたらもぐらのなかまなのかもしれません。その近くには、かえるがいます。虫たちがとびたちました。
森の中は、にぎやかです。なんだかパーティーでもはじまるような、うきうきした気分がながれています。
「さあ、みんなでこの雨をよろこぼう」
ゴリラが言いました。そして、大きくむねをふくらませ、かたくにぎりしめたこぶしで、そのむねをボンボコぼんぼことうちはじめました。
そらくんは、こんなにわくわくしたのは、ほんとうにひさしぶりだと思いました。だから、さけばずにいられませんでした。
「ぼくも、なかまにいれて!」
そのときです。雨が急にとまりました。みんなは、空を見上げました。ぽつり、ぽつりと、なごりのような雨つぶがおちてきます。けれど、さっきまでのざあざあふってくる雨は、もうそこにはありません。
ゆっくりと、ゴリラがせなかをむけました。あの美しい大きな鳥が、つばさを大きく広げました。ねこのようなチーターが(そう、あれはチーターでしょう)、ねこのように大きなあくびをしました。気がつくと、虫たちも、小鳥たちも、りすやねずみも、小さなしかも、どこかにきえていました。
「ねえ、まって!」
そらくんは、ゴリラをおいかけました。けれど、ゴリラはどんどん白いもやの中にきえていきます。そらくんは、あとをおっかけて走りました。すぐにあたりは、まっ白になって、なにも見えなくなりました。
それでも走りつづけたそらくんは、むこうのほうに赤茶色っぽいかげが見えるのに気がつきました。ゴリラの毛なみではありません。もっとつるんとしたものです。岩なのかもしれません。その岩で、このジャングルはいきどまるのかもしれません。
まっすぐすすんだそらくんは、その岩に両手をどしんとついて止まりました。岩だと思ったのはやわらかくて、そらくんはびっくりしました。
「こら、びっくりするじゃないか」
おとうさんの声がしました。ゆげのむこうで、おとうさんの目がやわらかい光をはねかえしました。
「さあ、そらもあらうぞ」
おとうさんはそう言って、シャワーのせんをひねりました。
やんでいた雨がふりはじめて、そらくんはまた、しあわせな気もちになりました。きっとゴリラも、鳥たちも、ジャングルのなかまはみんな、よろこんでいることでしょう。
じっとしていると、うごきたくなります。すわっていると、走りだしたくなります。どこまでもつづく広い野原を走りたくなります。そんなふうに走っていくと、目の前に雨がふりはじめました。
「せっけんがかかるから、ひっこんでなさい」
雨つぶに手をのばしたそらくんにむかって、おとうさんが言いました。おとうさんには、せなかに目がついているんでしょうか。ふりむきもせず、せっけんのあわをたてながら、そらくんにむかって言うのです。
「ほら、かたまでつからないと、からだがひえるよ」
そらくんは、お湯の中にもどって、シャワーの雨つぶを見ていました。大つぶの雨は、まるでジャングルの中にふる雨のようです。まっ白なゆげが、あたりをみたします。ゆげのおくそこに、なにかがうごいている──、そらくんは、はっとしました。
「あれは、なんだろう」
気をつけて、目をこらします。ゆげのおくから、ゆっくりと黒いかげがやってきます。
「ゴリラだ!」
そらくんは、びっくりしました。なにしろ、そらくんははだかです。はだかのままでゴリラに出あったら、だれだってびっくりするはずです。
「だいじょうぶ。わたしもはだかだよ」
ゴリラは、やさしく言いました。
「ごめんなさい」
そらくんは、わけもわからずに、あやまりました。
「いいんだよ。きみのせいじゃない」
ゴリラは、そう言って、ふりかえりました。
「だれのせいでもない。わたしたちは、みんななかまなんだから」
「どういうこと?」
そらくんには、ゴリラがなにを言っているのかわかりませんでした。
「おいで」
ゴリラは言って、そらくんにせなかをむけました。そらくんは、あわててゴリラのあとをおいかけました。まわりを、まっ白なもやがつつみ、なにひとつ見えなくなりました。
ゴリラは、さすがにジャングルの王さまです。いくらそらくんががんばっておいかけても、どんどんともやの中にきえていきます。そのすがたを見うしないかけたとき、そらくんの目の前で、バサバサッとなにかがうごきました。そらくんは、おどろいて目をとじました。その目をそっとひらくと、そこにはあざやかな色のはねをつけた大きな鳥が立っていました。鳥は、まんまるな目で、そらくんをまっすぐに見ています。
「ごめんなさい」
そらくんは、あわてて言いました。だって、この鳥のじゃまをしてしまったのかもしれません。
「あなたがわるいのじゃない」
鳥は言いました。
「あなたがしたことは、ぜんぶ、あなたにかえっていくのだから」
「どういうこと?」
そらくんには、鳥がなにを言いたいのかわかりません。こまっていると、いきなり鳥がはばたきました。
「さあ、おいで」
そう言って、鳥は白いもやの中にとんでいってしまいました。
ゴリラも鳥もいなくなって、そらくんは、どうしていいかわかりません。こまったなあと思ってふりかえったら、足もとに子犬ほどの大きさのけものが立っていました。かたちは動物園で見たことがある、しかにそっくりです。
「ごめんね」
そらくんは、そう言ってしゃがみこみました。だって、ふりかえったひょうしに、この小さなしかをけとばしそうになったからです。
「いいの」
しかは、言いました。
「あたし、けとばされるのには、なれてるから」
「でも、だからって、けとばされたくはないよね」
「うん。だから、いつもうまくにげるの。あたし、にげるのがじょうずなの」
そらくんは、やっぱりなんとこたえていいのかわかりませんでした。すると、しかは、ぴょんととびあがりました。
「さあ、こっちよ」
そらくんは、こんどこそおくれないように、しかのあとをいっしょうけんめいおいかけました。足もとにからまるつたを気にしながら、ころばないように走りました。すると、だんだんむこうに、いくつものかげが見えてきました。
そこは、森の中の小さな空き地でした。さっきのゴリラがいます。あの美しい鳥もいます。それだけではありません。もっと小さいのや中くらいの大きさの鳥がたくさんいます。どの鳥も、それぞれにあざやかなはねの色をしています。その色が、白いもやの中でやわらかく光っています。
鳥だけではありません。木の上にいる動物はねこでしょうか。いいえ、ねこよりももっとすばしっこそうです。その近くには、さるのなかまがいます。こうやってみると、ゴリラがどれほど大きいのかがよくわかります。りすのような小さなけものもいます。地面からは、ねずみのような顔が見えています。ひょっとしたらもぐらのなかまなのかもしれません。その近くには、かえるがいます。虫たちがとびたちました。
森の中は、にぎやかです。なんだかパーティーでもはじまるような、うきうきした気分がながれています。
「さあ、みんなでこの雨をよろこぼう」
ゴリラが言いました。そして、大きくむねをふくらませ、かたくにぎりしめたこぶしで、そのむねをボンボコぼんぼことうちはじめました。
そらくんは、こんなにわくわくしたのは、ほんとうにひさしぶりだと思いました。だから、さけばずにいられませんでした。
「ぼくも、なかまにいれて!」
そのときです。雨が急にとまりました。みんなは、空を見上げました。ぽつり、ぽつりと、なごりのような雨つぶがおちてきます。けれど、さっきまでのざあざあふってくる雨は、もうそこにはありません。
ゆっくりと、ゴリラがせなかをむけました。あの美しい大きな鳥が、つばさを大きく広げました。ねこのようなチーターが(そう、あれはチーターでしょう)、ねこのように大きなあくびをしました。気がつくと、虫たちも、小鳥たちも、りすやねずみも、小さなしかも、どこかにきえていました。
「ねえ、まって!」
そらくんは、ゴリラをおいかけました。けれど、ゴリラはどんどん白いもやの中にきえていきます。そらくんは、あとをおっかけて走りました。すぐにあたりは、まっ白になって、なにも見えなくなりました。
それでも走りつづけたそらくんは、むこうのほうに赤茶色っぽいかげが見えるのに気がつきました。ゴリラの毛なみではありません。もっとつるんとしたものです。岩なのかもしれません。その岩で、このジャングルはいきどまるのかもしれません。
まっすぐすすんだそらくんは、その岩に両手をどしんとついて止まりました。岩だと思ったのはやわらかくて、そらくんはびっくりしました。
「こら、びっくりするじゃないか」
おとうさんの声がしました。ゆげのむこうで、おとうさんの目がやわらかい光をはねかえしました。
「さあ、そらもあらうぞ」
おとうさんはそう言って、シャワーのせんをひねりました。
やんでいた雨がふりはじめて、そらくんはまた、しあわせな気もちになりました。きっとゴリラも、鳥たちも、ジャングルのなかまはみんな、よろこんでいることでしょう。