むかし、むかし、山の中の森の奥に、きこりの一家が住んでいました。きこりの夫婦は朝早くから山の中にはいって木を切ります。そこで、家のまわりの仕事は、この夫婦の一人息子がしなければなりませんでした。もっとも、掃除や洗濯ははたらきもののおかみさんががんばって朝早くに片付けますから、しなければならないといっても、それは子どもにもできるようなかんたんな仕事ばかりでした。水汲みや、ニワトリのえさやり、庭の草抜きなんかの仕事です。
そんな仕事の中でも、この男の子が特にいやだなあと思っていたのは、薪ひろいでした。この森はずいぶんと寒いところにありました。だから、冬の間、たくさんの薪が必要になるのです。もちろん、ふだんの煮炊きにも薪を使うので、年がら年中、薪はいるのです。それが、秋には特別にたくさんの薪を集めなければならないというわけです。
もちろん、太い薪は、きこりの夫婦が切っておいた太い丸太を、雪が積もってから橇で運んできてたくわえます。男の子が集めるのは、森のあちこちに落ちている枝です。太いのも細いのも、それぞれ役割があります。これを集められるだけ集めて、背負ってくるのです。なにしろひと冬に使う薪の量はちょっとやそっとではありませんから、確かに大変な仕事になるわけです。
秋も深まったその日も、男の子は森の中まで薪ひろいに出かけていました。家の裏手には、もうずいぶんと高くまで薪が積み上がっています。「これだけあれば、もういいじゃないか」と、男の子は思いました。けれど、母親はもっともっと集めてきなさいと男の子に言ったのです。
「ああ、いやだ、いやだ」。男の子は大きな声を上げました。「もう、こんなのは、やってられないよ」
「いったい、なにがいやなんだい?」。声がしたので、男の子はびっくりしました。なにしろこの深い森には、自分たち家族のほかにはめったにだれもやってこないのを知っていたからです。気を取り直して振り向くと、そこに小人が立っていました。
「薪を集めるのがね。もうあきあきしたよ」。男の子は言いました。すると、小人はこんなことを言うのです。
「薪を集めるなんて、まったくばかばかしいよな」
そう言われると、男の子は自分がばかにされているような気になりました。そこで、こんなふうに言い直しました。「あきあきしたけど、それがぼくの仕事さ」
「まったくご苦労さんなことだよ」。小人は言います。「薪なんかなくったって、ストーブに火をつける方法があるってのにな」
「そんなうまい話があるもんか」。男の子はむきになって言い返しました。
「きみは魔法を知らないからな」。小人は鼻で笑うように言いました。「ぼくなら、魔法でストーブをずっと燃やし続けてやれるさ」
男の子は何か言い返そうとしましたが、言葉を飲み込んで、まじまじと小人の顔を見ました。それから、「そんなこと言うんなら、やってみせてよ」と言いました。
「ああ、いいとも」。と、小人はあっさり言いました。「帰ってストーブを見てごらん。ちゃんと火が燃えているから。そして、その火は、薪なんか足さなくったって、ずっと、いつまでも消えないから」
男の子は、小人に背を向けました。急いで家に帰って、確かめようと思ったのです。けれど、小人が呼び止めました。
「ちょっと待っておくれ。もしも帰ってストーブに火がついていたら、何をお礼にくれる?」
「お礼?」
「そうだよ。もうこれで薪ひろいをすることがなくなるんだから。その分は、お礼をしてもらわなくちゃ」
男の子は考えました。それはその通りだと思いました。
「じゃ、何が欲しいの?」
「そうだな。じゃあ、麦をひと粒おくれ」
「麦ひと粒? それだけでいいの?」
「ああ。明日、持ってきておくれ。だけどね、明日もちゃんと火が消えずに燃えつづけていたら、明後日にはふた粒くれるんだよ」
「なるほどね。じゃあ、明後日も燃えつづけていたら、明々後日には三粒だね」
「いや、そうじゃないんだ」。小人はにこりと笑いました。「ふた粒とふた粒で四粒、欲しいね」
男の子は笑いました。「三粒も四粒も、同じようなもんだ。じゃあ、その次は四粒と四粒で八粒だね」
「きみは飲み込みがいいよ」。小人は笑顔で答えました。
さて、男の子が家に帰ってみると、小人が言ったとおり、家には赤々とストーブが燃えています。しかも、一本も薪を足さなくても、いつまでも燃えつづけるのです。こんなすてきなことはありません。男の子は喜びました。そして、次の日、納屋から麦をひと粒だけ持ち出して、小人に会いにいきました。
「どうだ、魔法の力はすばらしいだろう」。小人はそう言って、麦を受け取りました。そして、「明日も頼むよ」と言いました。
次の日も、ストーブは赤々と燃えています。男の子は麦をふた粒もっていきました。次の日もやっぱりストーブは燃えています。男の子は四粒の麦をもっていきました。その次の日には四粒と四粒で八粒です。その次には八粒と八粒で十六粒。その次には十六粒と十六粒で三十二粒。次には三十二と三十二で六十四粒、次は六十四と六十四で百二十八粒、次は百二十八と百二十八で二百五十六粒、二百五十六と二百五十六で五百十二粒、その次の日には五百十二と五百十二で千二十四、さらに次には千二十四と千二十四で二千四十八粒。さすがにこうなると、男の子は数えるのだけでへとへとになってしまうようになりました。
二千四十八粒の麦を小人に渡しながら、男の子は言いました。「こんなにたくさんの麦を数えるのはもういやだよ」
すると、小人はにっこり笑って言いました。「じゃあ、ひとつひとつ数えなくてもいいよ。ほら、今日もってきてくれた麦は、コップに半分ぽっちりだ。明日はコップに一杯の麦をもってきてくれればいいよ」
男の子は、なるほどと思いました。「じゃあ、明後日にはコップ二杯だね」
「そうだよ。かんたんなことだろう」
そこで男の子は(相変わらずストーブの火は暖かく燃えつづけているので)、次の日にコップ一杯の麦をもっていきました。その次の日にはコップ二杯。その次には、二杯と二杯で四杯です。その次は四杯と四杯で八杯、次は八杯と八杯で十六杯、次は十六と十六で三十二杯、三十二と三十二で六十四杯、六十四と六十四で百二十八杯、百二十八と百二十八で二百五十六杯、そうなると、もうコップではかるのも大変になりました。
小人は、「なあに、わけはないさ」と笑いました。「明日は、麻袋一杯の麦をもってきてくれればいいよ。そうすれば、いちいちはからなくったっていいんだから」
そこで男の子は(やっぱりストーブは赤々と燃えていたので)、次の日に麻袋一杯の麦を小人のところに運びました。次の日には麻袋二つ。その次は二つと二つで四袋です。そして四袋と四袋で八袋。八と八で十六袋、十六と十六で三十二袋、三十二と三十二で六十四袋もの麦を運ぶのは、本当に大変でした。薪を運ぶ方がよっぽど楽だと、男の子は思いました。
そして次の日には、もう納屋の麦は一袋も残っていませんでした。男の子は、小人のところに行って、正直にそう言いました。すると小人は、「じゃあ、もう魔法はおしまいだ。どう、いままで便利だっただろう。魔法ってすてきじゃないか」と言って、すっと消えてしまいました。
とぼとぼと男の子が家に帰ると、今朝まであんなに暖かく燃えていたストーブはすっかり冷めきっていました。そして、気がつくと、家の裏にあんなにたくさん積んであった薪は、一本残らずなくなっていました。
やがて、きこりの夫婦が帰ってきました。そして、ストーブに火がついていないと、男の子をさんざん叱りました。そして、納屋にたくわえの麦がひとつも残っていないことがわかったときに男の子がどれほど叱られたか、それは、話さずにおきましょう。
そんな仕事の中でも、この男の子が特にいやだなあと思っていたのは、薪ひろいでした。この森はずいぶんと寒いところにありました。だから、冬の間、たくさんの薪が必要になるのです。もちろん、ふだんの煮炊きにも薪を使うので、年がら年中、薪はいるのです。それが、秋には特別にたくさんの薪を集めなければならないというわけです。
もちろん、太い薪は、きこりの夫婦が切っておいた太い丸太を、雪が積もってから橇で運んできてたくわえます。男の子が集めるのは、森のあちこちに落ちている枝です。太いのも細いのも、それぞれ役割があります。これを集められるだけ集めて、背負ってくるのです。なにしろひと冬に使う薪の量はちょっとやそっとではありませんから、確かに大変な仕事になるわけです。
秋も深まったその日も、男の子は森の中まで薪ひろいに出かけていました。家の裏手には、もうずいぶんと高くまで薪が積み上がっています。「これだけあれば、もういいじゃないか」と、男の子は思いました。けれど、母親はもっともっと集めてきなさいと男の子に言ったのです。
「ああ、いやだ、いやだ」。男の子は大きな声を上げました。「もう、こんなのは、やってられないよ」
「いったい、なにがいやなんだい?」。声がしたので、男の子はびっくりしました。なにしろこの深い森には、自分たち家族のほかにはめったにだれもやってこないのを知っていたからです。気を取り直して振り向くと、そこに小人が立っていました。
「薪を集めるのがね。もうあきあきしたよ」。男の子は言いました。すると、小人はこんなことを言うのです。
「薪を集めるなんて、まったくばかばかしいよな」
そう言われると、男の子は自分がばかにされているような気になりました。そこで、こんなふうに言い直しました。「あきあきしたけど、それがぼくの仕事さ」
「まったくご苦労さんなことだよ」。小人は言います。「薪なんかなくったって、ストーブに火をつける方法があるってのにな」
「そんなうまい話があるもんか」。男の子はむきになって言い返しました。
「きみは魔法を知らないからな」。小人は鼻で笑うように言いました。「ぼくなら、魔法でストーブをずっと燃やし続けてやれるさ」
男の子は何か言い返そうとしましたが、言葉を飲み込んで、まじまじと小人の顔を見ました。それから、「そんなこと言うんなら、やってみせてよ」と言いました。
「ああ、いいとも」。と、小人はあっさり言いました。「帰ってストーブを見てごらん。ちゃんと火が燃えているから。そして、その火は、薪なんか足さなくったって、ずっと、いつまでも消えないから」
男の子は、小人に背を向けました。急いで家に帰って、確かめようと思ったのです。けれど、小人が呼び止めました。
「ちょっと待っておくれ。もしも帰ってストーブに火がついていたら、何をお礼にくれる?」
「お礼?」
「そうだよ。もうこれで薪ひろいをすることがなくなるんだから。その分は、お礼をしてもらわなくちゃ」
男の子は考えました。それはその通りだと思いました。
「じゃ、何が欲しいの?」
「そうだな。じゃあ、麦をひと粒おくれ」
「麦ひと粒? それだけでいいの?」
「ああ。明日、持ってきておくれ。だけどね、明日もちゃんと火が消えずに燃えつづけていたら、明後日にはふた粒くれるんだよ」
「なるほどね。じゃあ、明後日も燃えつづけていたら、明々後日には三粒だね」
「いや、そうじゃないんだ」。小人はにこりと笑いました。「ふた粒とふた粒で四粒、欲しいね」
男の子は笑いました。「三粒も四粒も、同じようなもんだ。じゃあ、その次は四粒と四粒で八粒だね」
「きみは飲み込みがいいよ」。小人は笑顔で答えました。
さて、男の子が家に帰ってみると、小人が言ったとおり、家には赤々とストーブが燃えています。しかも、一本も薪を足さなくても、いつまでも燃えつづけるのです。こんなすてきなことはありません。男の子は喜びました。そして、次の日、納屋から麦をひと粒だけ持ち出して、小人に会いにいきました。
「どうだ、魔法の力はすばらしいだろう」。小人はそう言って、麦を受け取りました。そして、「明日も頼むよ」と言いました。
次の日も、ストーブは赤々と燃えています。男の子は麦をふた粒もっていきました。次の日もやっぱりストーブは燃えています。男の子は四粒の麦をもっていきました。その次の日には四粒と四粒で八粒です。その次には八粒と八粒で十六粒。その次には十六粒と十六粒で三十二粒。次には三十二と三十二で六十四粒、次は六十四と六十四で百二十八粒、次は百二十八と百二十八で二百五十六粒、二百五十六と二百五十六で五百十二粒、その次の日には五百十二と五百十二で千二十四、さらに次には千二十四と千二十四で二千四十八粒。さすがにこうなると、男の子は数えるのだけでへとへとになってしまうようになりました。
二千四十八粒の麦を小人に渡しながら、男の子は言いました。「こんなにたくさんの麦を数えるのはもういやだよ」
すると、小人はにっこり笑って言いました。「じゃあ、ひとつひとつ数えなくてもいいよ。ほら、今日もってきてくれた麦は、コップに半分ぽっちりだ。明日はコップに一杯の麦をもってきてくれればいいよ」
男の子は、なるほどと思いました。「じゃあ、明後日にはコップ二杯だね」
「そうだよ。かんたんなことだろう」
そこで男の子は(相変わらずストーブの火は暖かく燃えつづけているので)、次の日にコップ一杯の麦をもっていきました。その次の日にはコップ二杯。その次には、二杯と二杯で四杯です。その次は四杯と四杯で八杯、次は八杯と八杯で十六杯、次は十六と十六で三十二杯、三十二と三十二で六十四杯、六十四と六十四で百二十八杯、百二十八と百二十八で二百五十六杯、そうなると、もうコップではかるのも大変になりました。
小人は、「なあに、わけはないさ」と笑いました。「明日は、麻袋一杯の麦をもってきてくれればいいよ。そうすれば、いちいちはからなくったっていいんだから」
そこで男の子は(やっぱりストーブは赤々と燃えていたので)、次の日に麻袋一杯の麦を小人のところに運びました。次の日には麻袋二つ。その次は二つと二つで四袋です。そして四袋と四袋で八袋。八と八で十六袋、十六と十六で三十二袋、三十二と三十二で六十四袋もの麦を運ぶのは、本当に大変でした。薪を運ぶ方がよっぽど楽だと、男の子は思いました。
そして次の日には、もう納屋の麦は一袋も残っていませんでした。男の子は、小人のところに行って、正直にそう言いました。すると小人は、「じゃあ、もう魔法はおしまいだ。どう、いままで便利だっただろう。魔法ってすてきじゃないか」と言って、すっと消えてしまいました。
とぼとぼと男の子が家に帰ると、今朝まであんなに暖かく燃えていたストーブはすっかり冷めきっていました。そして、気がつくと、家の裏にあんなにたくさん積んであった薪は、一本残らずなくなっていました。
やがて、きこりの夫婦が帰ってきました。そして、ストーブに火がついていないと、男の子をさんざん叱りました。そして、納屋にたくわえの麦がひとつも残っていないことがわかったときに男の子がどれほど叱られたか、それは、話さずにおきましょう。
(初出:February 24, 2009)