道の真ん中に、大きな石がありました。いつ頃からそこにあったのかわかりません。やたらと大きな石で、一人や二人の力ではとても動かすことなどできそうにありません。だから、道ができてからどこかから運ばれてきたのではなく、昔から石があったところに道ができ、そして誰もこの石をどかすことができなかったというのが本当のところなのでしょう。
この石のすぐ近くに、一軒の家があります。この家に、ひとりのおばあさんが引っ越して来ました。それまでは村の反対側に住んでいたので、この道を通ることなど滅多にありませんでした。それが、毎日のように、この道を通らなければならなくなったのです。なにしろおばあさんの畑はこの道の先にあったものですから、ときには一日に三度も四度もこの道を行き来しなければならなかったのです。
「なんて邪魔っけな石!」
おばあさんは、石のそばを通るたびにいまいましそうに声をあげました。地面から膝の高さぐらいまで頭を出したその石は、うっかりすると足を引っ掛けてしまいそうになります。大根や白菜の入った荷車をぶつけてしまったこともあります。気をつけて、ぐるりとまわりを回らなければいけないのは厄介なものです。
「こんな石があるなんて知っていたら、ここに越してくるんじゃなかったのに」
おばあさんは、そんなふうにため息をつきます。けれど、たかが石ひとつのために、またどこかへ引っ越していくというのもいやです。年をとると、なるべく同じところにいたいと思うのが人情なのですから。
「まったく、この石のおかげでどれほど私が痛い目にあったか。不便な思いをしてきたか。あんたにはわかるまいね」
おばあさんは、親戚の人が来たときにそう愚痴をこぼしました。
「それじゃあ、その石をどけてしまえばいいじゃないか」
おばあさんの甥っ子にあたるその男の人は元気に言いました。
「あんた、あれは一人や二人じゃ動かせないよ」
「なに、道具があればなんとかなるもんだ」
そう言うと、その人は二、三日して、たくましい男を二人連れてやってきました。もっこやらがんじょうな杭やら金梃やらつるはしやら、いろんな道具を担いでいます。そして、石をいろいろと調べてから、まわりを掘りはじめました。しっかりと根の張った石を掘りあげ、縄をかけ、杭を立てて引っ張り上げてもっこに載せてしまおうというのです。
男たちは、朝から日暮れまで、一生懸命働きました。そして、こう言ったのです。
「いや、こんだけ大きいとはとても思わなかった。こりゃあ、掘りあげて動かすよりも、てっぺんの邪魔なところを割ってしまった方が話が早いかもしれないよ。なんにしても今日は無理だ。埋め戻しておくから、かんべんしておくれ」
「じゃあ、明日、石を割ってくれるのかい」
おばあさんは聞きました。けれど、甥っ子は笑って、「いや、おれたちにゃできないよ。石屋に頼んだらいい。餅は餅屋、石は石屋さ」と言って帰ってしまったのです。
おばあさんは、隣村にある石工のところまで行って、今度石を割りにきてもらえないだろうかと頼みました。けれど、石工は頭を振って「行ってもいいけど、お金がかかるよ。おばあさん、そんなことにお金を無駄に使うのはやめときな」と答えたのです。
おばあさんは、確かにあまりお金をもっていませんでした。けれど、なけなしのたくわえを使ってでも、こんな石はどけてしまいたいと思いました。ただ、やっぱり気持ちのふんぎりがつきません。お金は、それなりにたいせつですものね。
どうしようか、どうしようかと迷っているうちに、どんどん日は過ぎていきました。そのうちに、おばあさんはだんだんと石につまづかなくなりました。石がそこにあることを、からだがおぼえてきたのですね。そこを通るときには、考えなくても石をよけて歩くようになりました。石があることにさえ、気がつかないときもありました。石を無視することができるようになったのです。慣れというのは、たいしたものですね。
それでもおばあさんは、思い出したようにときどき石の悪口を言いました。
「あの石さえなければ、ここも居心地のいい場所なんだけどねえ」
やがて、おばあさんはだんだん年をとり、以前ほどには出歩けなくなりました。以前つくっていた畑はもう甥っ子に任せてしまい、自分の食べる野菜だけ、庭の隅っこでつくるようになりました。以前ほどにはあの石の脇を通って道を行くことがなくなったのです。
けれども、おばあさんはゆっくりと石のところまでやってきます。そして、あの石に腰をおろし、時間を忘れたように遠くの森や畑を眺めます。
急ぎ足で村人が通り過ぎることがあります。たいていの人は用事があるから道を行くのです。けれど、中には足をとめ、おばあさんの脇にしゃがんだり、おばあさんの隣に腰を下ろしてひとしきりおしゃべりをしていく人もいます。そうやって、おばあさんは村の噂話を知ったり、自分の若いころのことを教えたりするのでした。
何年かたつうちに、この石は、すっかりおばあさんのお気に入りの場所になりました。そして、ときどきおばあさんは、石に向かってこう言うのでした。
「あんたがいてくれて、ほんとに助かったよ」と。
もちろん、たいていは、あいかわらず「邪魔っけな石」と悪口を言うのですけれどね。
この石のすぐ近くに、一軒の家があります。この家に、ひとりのおばあさんが引っ越して来ました。それまでは村の反対側に住んでいたので、この道を通ることなど滅多にありませんでした。それが、毎日のように、この道を通らなければならなくなったのです。なにしろおばあさんの畑はこの道の先にあったものですから、ときには一日に三度も四度もこの道を行き来しなければならなかったのです。
「なんて邪魔っけな石!」
おばあさんは、石のそばを通るたびにいまいましそうに声をあげました。地面から膝の高さぐらいまで頭を出したその石は、うっかりすると足を引っ掛けてしまいそうになります。大根や白菜の入った荷車をぶつけてしまったこともあります。気をつけて、ぐるりとまわりを回らなければいけないのは厄介なものです。
「こんな石があるなんて知っていたら、ここに越してくるんじゃなかったのに」
おばあさんは、そんなふうにため息をつきます。けれど、たかが石ひとつのために、またどこかへ引っ越していくというのもいやです。年をとると、なるべく同じところにいたいと思うのが人情なのですから。
「まったく、この石のおかげでどれほど私が痛い目にあったか。不便な思いをしてきたか。あんたにはわかるまいね」
おばあさんは、親戚の人が来たときにそう愚痴をこぼしました。
「それじゃあ、その石をどけてしまえばいいじゃないか」
おばあさんの甥っ子にあたるその男の人は元気に言いました。
「あんた、あれは一人や二人じゃ動かせないよ」
「なに、道具があればなんとかなるもんだ」
そう言うと、その人は二、三日して、たくましい男を二人連れてやってきました。もっこやらがんじょうな杭やら金梃やらつるはしやら、いろんな道具を担いでいます。そして、石をいろいろと調べてから、まわりを掘りはじめました。しっかりと根の張った石を掘りあげ、縄をかけ、杭を立てて引っ張り上げてもっこに載せてしまおうというのです。
男たちは、朝から日暮れまで、一生懸命働きました。そして、こう言ったのです。
「いや、こんだけ大きいとはとても思わなかった。こりゃあ、掘りあげて動かすよりも、てっぺんの邪魔なところを割ってしまった方が話が早いかもしれないよ。なんにしても今日は無理だ。埋め戻しておくから、かんべんしておくれ」
「じゃあ、明日、石を割ってくれるのかい」
おばあさんは聞きました。けれど、甥っ子は笑って、「いや、おれたちにゃできないよ。石屋に頼んだらいい。餅は餅屋、石は石屋さ」と言って帰ってしまったのです。
おばあさんは、隣村にある石工のところまで行って、今度石を割りにきてもらえないだろうかと頼みました。けれど、石工は頭を振って「行ってもいいけど、お金がかかるよ。おばあさん、そんなことにお金を無駄に使うのはやめときな」と答えたのです。
おばあさんは、確かにあまりお金をもっていませんでした。けれど、なけなしのたくわえを使ってでも、こんな石はどけてしまいたいと思いました。ただ、やっぱり気持ちのふんぎりがつきません。お金は、それなりにたいせつですものね。
どうしようか、どうしようかと迷っているうちに、どんどん日は過ぎていきました。そのうちに、おばあさんはだんだんと石につまづかなくなりました。石がそこにあることを、からだがおぼえてきたのですね。そこを通るときには、考えなくても石をよけて歩くようになりました。石があることにさえ、気がつかないときもありました。石を無視することができるようになったのです。慣れというのは、たいしたものですね。
それでもおばあさんは、思い出したようにときどき石の悪口を言いました。
「あの石さえなければ、ここも居心地のいい場所なんだけどねえ」
やがて、おばあさんはだんだん年をとり、以前ほどには出歩けなくなりました。以前つくっていた畑はもう甥っ子に任せてしまい、自分の食べる野菜だけ、庭の隅っこでつくるようになりました。以前ほどにはあの石の脇を通って道を行くことがなくなったのです。
けれども、おばあさんはゆっくりと石のところまでやってきます。そして、あの石に腰をおろし、時間を忘れたように遠くの森や畑を眺めます。
急ぎ足で村人が通り過ぎることがあります。たいていの人は用事があるから道を行くのです。けれど、中には足をとめ、おばあさんの脇にしゃがんだり、おばあさんの隣に腰を下ろしてひとしきりおしゃべりをしていく人もいます。そうやって、おばあさんは村の噂話を知ったり、自分の若いころのことを教えたりするのでした。
何年かたつうちに、この石は、すっかりおばあさんのお気に入りの場所になりました。そして、ときどきおばあさんは、石に向かってこう言うのでした。
「あんたがいてくれて、ほんとに助かったよ」と。
もちろん、たいていは、あいかわらず「邪魔っけな石」と悪口を言うのですけれどね。
(初出:March 13, 2009)