猿と一口に言っても、世界には無数の種類がいます。日本にいるのはニホンザルですね。だいたいは群れで山の中を動きまわっています。山の中で出会うと怖ろしいものですよ。いえ、猿の一匹ぐらい、身体も小さいし、いくら引っ掻いたり噛み付いたりしてきても、最後は人間のほうが強いでしょう。けれど、怖いのは群れです。あれが何十匹もいて、そして見張りみたいなやつが真っ赤な顔で思いっきり吠え立てるんです。身がすくみますよ。
ただ、同じ猿でも、なかには群れに加わらず一匹で生きている猿もいます。離れ猿っていうんですけど、むかし話に登場する猿は、だいたいがこの離れ猿です。離れ猿になるのは雄に決まっています。群れからあぶれた雄が、行き場をなくして離れ猿になるのです。だから、生き方は浅ましくて、品のないものですよ。
さて、このおはなしに出てくる猿は、例によって離れ猿です。それも、仲間の猿からは相手にされず、自分よりもずっとちっぽけな蛙といつもいっしょにいる猿です。こういう人っていますよね。弱い人を見つけては、いかにも恩着せがましく子分扱いするんですよ。弱い人のほうでも、そういう中途半端に強い人につい頼ってしまいます。そうすることで偉くなったような気になれるんでしょう。
その蛙が、猿のところにやってきて言いました。
「庄屋さまのところで赤ん坊が生まれたんですけど、五十日なんで餅つきをするそうですよ。お祝いに行ったら少しぐらい食べさせてくれるかもしれません」
猿は、にんまりと笑いました。
「いや、もっといいことがある。とにかく行こう」
そして、ふたりは庄屋さまのところまでやって来ました。ところがふたりは玄関の方には行かず、そっと裏庭にまわりました。猿は蛙に耳打ちして、古井戸の底にもぐりこませました。それから勝手口に行くと、大声をはりあげました。
「たいへんだ。井戸に赤ん坊が落ちたぞ」
その声を聞いて、台所から女が井戸の方に急ぎます。井戸の中では、蛙がいっしょうけんめい赤ん坊のような声を出しています。女は金切り声で叫びました。
「だれか。だれでも。早く来ておくれ。赤ん坊が井戸に落ちた」
さあ、騒ぎが大きくなります。庭のほうで餅を搗いていた男どもも、わっとばかりに裏庭に集まりました。その隙に、猿はこっそりと搗きあがったばかりの餅を臼ごと盗み出しました。ぽっちりおすそ分けをいただくよりは、ごっそり全部せしめてしまおうと思ったのですね。
猿は、臼の重さにふうふう言いながら、蛙と待ち合わせを決めておいた丘の上までやって来ました。そして、これだけ苦労して運んできたのに、蛙に分け前をやるのはもったいないと思うようになりました。それなら蛙がくる前に急いで食べてしまおうかと考えが決まったところに、運悪くもう蛙がやって来ました。いくらなんでも、蛙がそこにいるのにひとり占めというわけにはいきませんよ。
「どうだ、ここでひとつ、競争をしないか」
猿は、何食わぬ顔で言いました。
「俺はここまで走って逃げてくるだけで疲れたよ」
蛙はそう言います。
「だからこそ、ここでもうひとがんばりするんだよ。いいかい、おまえが競争に勝ったら、この餅を全部やる。競争に勝ったほうが全部食べられるってことだ。この餅を全部食ったら、疲れも吹っ飛ぶよ」
猿は、得意げに説明します。そして、蛙が考えるひまも与えずに、臼を思いっきり突きました。臼は、谷底に向けてどんどん転がり始めました。
「さあ、先に餅をつかまえたほうが勝ちだ」
そう叫ぶと、猿は一目散に丘を駆け下りていきました。
さてさて、蛙というものは、前脚が短く、後ろ脚が長いものですよ。こういう生き物が坂道でどうなるか、わかりますか。上りはいいんです。下り道になると、うまく進めません。無理に急いだら、ひっくり返ってしまいます。もちろん猿は、それを知っているんですね。蛙が追いつけないのをいいことに、涼しい顔で丘を下っていきます。蛙の方は仕方ないので、ゆっくりゆっくりと、臼の転げた方へと歩いていきました。
どうやらそれがよかったんですよ。というのは、たしかに谷底に先に着いたのは猿の方でした。ところが、臼の中には餅はもう残っていなかったのです。途中で臼から飛び出してしまっていたんですよ。
そして、それを見つけたのは、あとからゆっくり降りてきた蛙でした。飛び出した餅は、木の枝に引っかかっていました。ほら、蛙の目は上向きについていますからね。あのぎょろりとした目で真っ白な餅がはっきり見えたんです。
蛙がどうしたかって。そりゃ、食べますよ。だって猿は「競争に勝ったら餅を全部やる」って言ったんですよね。そして、「先に餅をつかまえたほうが勝ちだ」って、言ったんですから。全部食ったら疲れも吹き飛ぶだろうと、蛙にもそんな気はしましたしね。
けれどまあ、臼いっぱいの餅を食ったらどうなります。腹がはちきれんばかりに膨れますよね。だから、蛙の腹はあんな真っ白に膨れているんです。皆さんも、いくらおいしいからといって腹いっぱい餅を食ったら、あんなおなかになってしまうかもしれませんよ。
いえ、蛙のおなかは、半分も食わないうちにぱんぱんに膨れていました。そんなところに猿がのこのこと谷底から上ってきました。そして、蛙が餅を食っているのを見つけると、情けない声で頼みました。
「なあ、おれにもちょっとよこせよ。なんてったって、その餅をここまで運んできたのは、おれなんだから」
蛙は、快く餅を分けてやりました。ほんとにそうだったんでしょうか。私は知りません。ただ、蛙が猿に放ってよこした餅がまだずいぶんと熱かったこと、そしてその餅がベチャッと猿の顔に当たってしまったことは本当です。あっという間もなく、猿はやけどをしてしまいました。
だから、猿の顔はいまでもあんなに赤いのだそうですよ。
ただ、同じ猿でも、なかには群れに加わらず一匹で生きている猿もいます。離れ猿っていうんですけど、むかし話に登場する猿は、だいたいがこの離れ猿です。離れ猿になるのは雄に決まっています。群れからあぶれた雄が、行き場をなくして離れ猿になるのです。だから、生き方は浅ましくて、品のないものですよ。
さて、このおはなしに出てくる猿は、例によって離れ猿です。それも、仲間の猿からは相手にされず、自分よりもずっとちっぽけな蛙といつもいっしょにいる猿です。こういう人っていますよね。弱い人を見つけては、いかにも恩着せがましく子分扱いするんですよ。弱い人のほうでも、そういう中途半端に強い人につい頼ってしまいます。そうすることで偉くなったような気になれるんでしょう。
その蛙が、猿のところにやってきて言いました。
「庄屋さまのところで赤ん坊が生まれたんですけど、五十日なんで餅つきをするそうですよ。お祝いに行ったら少しぐらい食べさせてくれるかもしれません」
猿は、にんまりと笑いました。
「いや、もっといいことがある。とにかく行こう」
そして、ふたりは庄屋さまのところまでやって来ました。ところがふたりは玄関の方には行かず、そっと裏庭にまわりました。猿は蛙に耳打ちして、古井戸の底にもぐりこませました。それから勝手口に行くと、大声をはりあげました。
「たいへんだ。井戸に赤ん坊が落ちたぞ」
その声を聞いて、台所から女が井戸の方に急ぎます。井戸の中では、蛙がいっしょうけんめい赤ん坊のような声を出しています。女は金切り声で叫びました。
「だれか。だれでも。早く来ておくれ。赤ん坊が井戸に落ちた」
さあ、騒ぎが大きくなります。庭のほうで餅を搗いていた男どもも、わっとばかりに裏庭に集まりました。その隙に、猿はこっそりと搗きあがったばかりの餅を臼ごと盗み出しました。ぽっちりおすそ分けをいただくよりは、ごっそり全部せしめてしまおうと思ったのですね。
猿は、臼の重さにふうふう言いながら、蛙と待ち合わせを決めておいた丘の上までやって来ました。そして、これだけ苦労して運んできたのに、蛙に分け前をやるのはもったいないと思うようになりました。それなら蛙がくる前に急いで食べてしまおうかと考えが決まったところに、運悪くもう蛙がやって来ました。いくらなんでも、蛙がそこにいるのにひとり占めというわけにはいきませんよ。
「どうだ、ここでひとつ、競争をしないか」
猿は、何食わぬ顔で言いました。
「俺はここまで走って逃げてくるだけで疲れたよ」
蛙はそう言います。
「だからこそ、ここでもうひとがんばりするんだよ。いいかい、おまえが競争に勝ったら、この餅を全部やる。競争に勝ったほうが全部食べられるってことだ。この餅を全部食ったら、疲れも吹っ飛ぶよ」
猿は、得意げに説明します。そして、蛙が考えるひまも与えずに、臼を思いっきり突きました。臼は、谷底に向けてどんどん転がり始めました。
「さあ、先に餅をつかまえたほうが勝ちだ」
そう叫ぶと、猿は一目散に丘を駆け下りていきました。
さてさて、蛙というものは、前脚が短く、後ろ脚が長いものですよ。こういう生き物が坂道でどうなるか、わかりますか。上りはいいんです。下り道になると、うまく進めません。無理に急いだら、ひっくり返ってしまいます。もちろん猿は、それを知っているんですね。蛙が追いつけないのをいいことに、涼しい顔で丘を下っていきます。蛙の方は仕方ないので、ゆっくりゆっくりと、臼の転げた方へと歩いていきました。
どうやらそれがよかったんですよ。というのは、たしかに谷底に先に着いたのは猿の方でした。ところが、臼の中には餅はもう残っていなかったのです。途中で臼から飛び出してしまっていたんですよ。
そして、それを見つけたのは、あとからゆっくり降りてきた蛙でした。飛び出した餅は、木の枝に引っかかっていました。ほら、蛙の目は上向きについていますからね。あのぎょろりとした目で真っ白な餅がはっきり見えたんです。
蛙がどうしたかって。そりゃ、食べますよ。だって猿は「競争に勝ったら餅を全部やる」って言ったんですよね。そして、「先に餅をつかまえたほうが勝ちだ」って、言ったんですから。全部食ったら疲れも吹き飛ぶだろうと、蛙にもそんな気はしましたしね。
けれどまあ、臼いっぱいの餅を食ったらどうなります。腹がはちきれんばかりに膨れますよね。だから、蛙の腹はあんな真っ白に膨れているんです。皆さんも、いくらおいしいからといって腹いっぱい餅を食ったら、あんなおなかになってしまうかもしれませんよ。
いえ、蛙のおなかは、半分も食わないうちにぱんぱんに膨れていました。そんなところに猿がのこのこと谷底から上ってきました。そして、蛙が餅を食っているのを見つけると、情けない声で頼みました。
「なあ、おれにもちょっとよこせよ。なんてったって、その餅をここまで運んできたのは、おれなんだから」
蛙は、快く餅を分けてやりました。ほんとにそうだったんでしょうか。私は知りません。ただ、蛙が猿に放ってよこした餅がまだずいぶんと熱かったこと、そしてその餅がベチャッと猿の顔に当たってしまったことは本当です。あっという間もなく、猿はやけどをしてしまいました。
だから、猿の顔はいまでもあんなに赤いのだそうですよ。