いまはどこに行っても同じようなものが手に入りますし、同じような暮らしをしています。つまらないようでもありますが、まあ便利なんでしょうなあ。むかしはそうはいきませんでした。すぐ隣りのむらでも暮らしぶりはずいぶんとちがったものです。ぼくのおぼえているところだけでいっても、たとえばぼくの住んでいた小さなむらでは正月に集まって黒豆と生米を少しずつおごそかにいただくことになっていましたが、となりのむらでは酒を飲むにぎやかな新年会だったそうです。もっとむかしは、もっとちがっていたわけでしょう。山をひとつ越せばものの名前がちがうというようなことも、ふつうにあったようです。
さて、あるところに若い男がおりまして、この男が峠を越えた向こうのむらから嫁をもらったということです。むかしのお百姓はいそがしいですし、いまのように車や汽車もありませんから、いったん嫁に来たら盆と正月ぐらいしか実家には帰らないのがふつうだったようでございます。まして峠の向こうですから、嫁さまが実の親御さまに会うことなどめったにない。それに輪をかけて、婿どのが嫁さまの親御さまに会うことも、めったにないわけでございます。
けれど、あるとき、この男、用ができまして嫁さまの親御さまのむらまでやってまいりました。ふだん会えないぶんだけ、こういうときこそ顔を出したいものでございます。嫁さまのご実家を訪ねますと、こちらではたいそうお喜びになりましてな。といっても、そこは田舎のことですから、ごちそうなどというものはございません。ありあわせでなんぞないかということで、たくさんのだんごをこしらえさせましてですな、これを婿どのにふるまったわけでございます。婿どの、たいそうこれを気に入りまして、
「こんなうまいものは、初めて食いました。これはなんという食べ物でありましょうか」
と、たずねたわけでございます。
皿を運んできました母御さまは軽やかにお笑いになりましてな。
「なに、これはだんごでござります。うちの娘につくらせればよろしいでしょう。あの子はたいそうじょうずにだんごをこしらえます」
と、おっしゃったのでございます。
この男、だんごという言葉を初めて聞いたわけでございまして、まして、そのだんごを嫁がつくれるということは初めて知りました。
「そうですか。それでは、だんごをつくるようにと、このように言えばいいのですな」
と、嬉しそうに言いました。
さて、帰り道になりましたが、この男、さっきの「だんご」という言葉を忘れるのではないかと心配になってきました。そこで、忘れぬよう、「だんご、だんご、だんご」と唱えながら歩くことにしました。一歩あるくごとに「だんご」でございます。百歩あるけば百回も「だんご」を言うのでございます。千歩あるけば千回です。これでは忘れる心配はないでしょう。
ようやく峠も越えまして、むらが見えてきましたところで、小さな川の橋が昨日の雨で流れているところに行きあたりました。
「だんご、だんご、だんご」
と言いながら歩いていた男、
「どっこいしょ」
と声をかけて川をまたいだ拍子に、何を勘違いしたのか、
「どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょ」
と、言葉が入れ替わってしまいました。
さて、家についたこの男、嫁さまに向かって、
「今日はおまえの家でうまいものをいただいてきた。ついてはこんど、ひとつつくってくれ。そのうまいものの名前は、どっこいしょというらしいが、できるな」
と、言ったのですな。
嫁さま、ぽかんとして、
「あなた、どっこいしょなんて食べ物があるものですか」
と、言ったのは、まああたりまえでございましょう。
しかし、ずっと、のどが渇くのもかまわずに同じ言葉を唱え続けてきた男の方はむっとしました。
「おまえは知らないと言うが、おまえの親御さまがそう言ったのだ。しかも、おまえはそれをじょうずにつくるというではないか。これ、ものぐさなことを言うではない」
と、腹立ち紛れの言葉とともに、嫁さまをぽかんとなぐりました。
「あらら、あなた。そんな無体なことをされては、だんごのようなこぶができます」
これを聞いて男、
「それそれ、そのだんごであった」
さて、あるところに若い男がおりまして、この男が峠を越えた向こうのむらから嫁をもらったということです。むかしのお百姓はいそがしいですし、いまのように車や汽車もありませんから、いったん嫁に来たら盆と正月ぐらいしか実家には帰らないのがふつうだったようでございます。まして峠の向こうですから、嫁さまが実の親御さまに会うことなどめったにない。それに輪をかけて、婿どのが嫁さまの親御さまに会うことも、めったにないわけでございます。
けれど、あるとき、この男、用ができまして嫁さまの親御さまのむらまでやってまいりました。ふだん会えないぶんだけ、こういうときこそ顔を出したいものでございます。嫁さまのご実家を訪ねますと、こちらではたいそうお喜びになりましてな。といっても、そこは田舎のことですから、ごちそうなどというものはございません。ありあわせでなんぞないかということで、たくさんのだんごをこしらえさせましてですな、これを婿どのにふるまったわけでございます。婿どの、たいそうこれを気に入りまして、
「こんなうまいものは、初めて食いました。これはなんという食べ物でありましょうか」
と、たずねたわけでございます。
皿を運んできました母御さまは軽やかにお笑いになりましてな。
「なに、これはだんごでござります。うちの娘につくらせればよろしいでしょう。あの子はたいそうじょうずにだんごをこしらえます」
と、おっしゃったのでございます。
この男、だんごという言葉を初めて聞いたわけでございまして、まして、そのだんごを嫁がつくれるということは初めて知りました。
「そうですか。それでは、だんごをつくるようにと、このように言えばいいのですな」
と、嬉しそうに言いました。
さて、帰り道になりましたが、この男、さっきの「だんご」という言葉を忘れるのではないかと心配になってきました。そこで、忘れぬよう、「だんご、だんご、だんご」と唱えながら歩くことにしました。一歩あるくごとに「だんご」でございます。百歩あるけば百回も「だんご」を言うのでございます。千歩あるけば千回です。これでは忘れる心配はないでしょう。
ようやく峠も越えまして、むらが見えてきましたところで、小さな川の橋が昨日の雨で流れているところに行きあたりました。
「だんご、だんご、だんご」
と言いながら歩いていた男、
「どっこいしょ」
と声をかけて川をまたいだ拍子に、何を勘違いしたのか、
「どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょ」
と、言葉が入れ替わってしまいました。
さて、家についたこの男、嫁さまに向かって、
「今日はおまえの家でうまいものをいただいてきた。ついてはこんど、ひとつつくってくれ。そのうまいものの名前は、どっこいしょというらしいが、できるな」
と、言ったのですな。
嫁さま、ぽかんとして、
「あなた、どっこいしょなんて食べ物があるものですか」
と、言ったのは、まああたりまえでございましょう。
しかし、ずっと、のどが渇くのもかまわずに同じ言葉を唱え続けてきた男の方はむっとしました。
「おまえは知らないと言うが、おまえの親御さまがそう言ったのだ。しかも、おまえはそれをじょうずにつくるというではないか。これ、ものぐさなことを言うではない」
と、腹立ち紛れの言葉とともに、嫁さまをぽかんとなぐりました。
「あらら、あなた。そんな無体なことをされては、だんごのようなこぶができます」
これを聞いて男、
「それそれ、そのだんごであった」