丹波というところは、うまいもんがたくさんとれる。マツタケやタケノコはすぐ隣りの京料理には欠かせんもんやし、小豆や黒豆もほかにはないよいものがとれる。丹波グリは大粒で喜ばれるし、丹波のお茶は宇治に運ばれて宇治茶に化けて売られている。猪の肉も有名なボタン鍋やな。
さてさて、この丹波のむらでクリがようさんにとれたんで、むらの若いもんに「クリ売ってこう」と、たのむことになった。この男、峠を越えればそこやというのに、まだ京の都を知らなんだ。そこで、「こうこう道を行けばよい」と教えられて、朝の早うにクリをかついで老の坂を越えた。
日が暮れて、とぼとぼと帰ってきたこの男に、「どないやった」と聞いたら「あかん、だれも買うてくれへん」と、こう言う。「どこへ行て売ったんや」とか、「どないして売れんことがあろうか」と、いろいろ問いただしてみると、なんや、この男、なあんも言わんとただだまあって、町の中を歩いておっただけらしい。
「それでは売れんで。たとえおまはんが担いでいるのがクリやとわかっても、それが売りもんかどうかまではわからへん。どこか決まった先があって持っていくだけかなあと思われるのが関の山じゃ。大きな声で呼ばわんかい」
「呼ばうというても、どないしたらええんやろ」
「おまはんも、町では物売りを見たやろう。同じようにやったらええんや。クリを売るんやから、クリ、クリ、クリはいらんかと、このように呼ばわればええんやないか」
ということで、次の日、この若いもんはもういっぺんクリを売りに行くことになった。なにせ、クリというのは拾うたらさっさと水に漬けるなり茹でるなりせんと、虫がわく。いつまでも置いておけるもんやないんやな。
若いもんが家を出ようとしているところに、昨日、クリの売り方を教えた男がなにやら包みを抱えてやってきた。
「おまはん、昨日はくたびれ儲けやったな。今日こそはもうちぃとマシな儲けをしてもらわなならん。ここに茶があるよって、これを持っていき。茶みたいなもんは軽いもんやさかい、なんぼの荷にもならん。ええか、茶かって、呼ばわらんと売れへんで。茶はいらんかと、こう呼ばわるんやで」
若いもんは、へえへえと茶を荷の中に入れた。さて、家を出たところで、この家の婆さんに会うた。婆さんはいかきに見事なカキの実をいっぱい持っている。
「あんた、これから京へ行くんか。ちょっと荷物にはなるけどな、今年初物のカキがとれたよって、これはええ値に売れるじゃろう。どうにか持っていかんか」
と、こう言うた。若いもんは、へえへえとカキを荷の中に入れた。
さて、老の坂を越えて京に入る。西の京を抜けてだんだんと町中に入ってくると、大勢の人じゃ。京というところは年がら年中お祭りをやっておるようなもんじゃと、男は思うた。
そろそろこのあたりと見定めた男は、大きな声で呼ばわりはじめた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
通る人は、不思議そうに男を見た。男は、ここでくじけてはまたくたびれもうけと、もっと大きな声をはりあげた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
けれど、茶を買いたいとか、クリをくれとか、カキが欲しいという人は現れない。それでも男はがんばった。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
そのうち、小さな子どもがおもしろがってあとをついてきた。そして、手を叩きながら、
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
と、男に声を合わせた。子どもらは次々にやってきた。そして、男のあとにぞろぞろと続きながら、
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
と、はやしたてた。
そのすがたがあまりにこっけいで、町の人たちが立ち止まって眺めるようになった。そのうちに子どもに混じって、大人も一緒におどり始めた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
だれかが太鼓を持ち出した。賑やかな囃子の中、誰もが陽気におどって歩いた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
若いもんは、だんだん楽しくなってきた。そう、これが京の町だ。おどりながら、唄いながら、男は心の底が抜けたような気持ちになった。毎日の仕事とは、まったく別な世の中に迷い込んだ気持ちになった。
やがて日が暮れて、へとへとになって男は家に戻った。
「少しはクリは売れたんかい」
クリもカキも茶も、ひとつも売れなかった。それでも若いもんは、にっこり笑った。
くたびれもうけも、たまにはいいものかもしれない。
さてさて、この丹波のむらでクリがようさんにとれたんで、むらの若いもんに「クリ売ってこう」と、たのむことになった。この男、峠を越えればそこやというのに、まだ京の都を知らなんだ。そこで、「こうこう道を行けばよい」と教えられて、朝の早うにクリをかついで老の坂を越えた。
日が暮れて、とぼとぼと帰ってきたこの男に、「どないやった」と聞いたら「あかん、だれも買うてくれへん」と、こう言う。「どこへ行て売ったんや」とか、「どないして売れんことがあろうか」と、いろいろ問いただしてみると、なんや、この男、なあんも言わんとただだまあって、町の中を歩いておっただけらしい。
「それでは売れんで。たとえおまはんが担いでいるのがクリやとわかっても、それが売りもんかどうかまではわからへん。どこか決まった先があって持っていくだけかなあと思われるのが関の山じゃ。大きな声で呼ばわんかい」
「呼ばうというても、どないしたらええんやろ」
「おまはんも、町では物売りを見たやろう。同じようにやったらええんや。クリを売るんやから、クリ、クリ、クリはいらんかと、このように呼ばわればええんやないか」
ということで、次の日、この若いもんはもういっぺんクリを売りに行くことになった。なにせ、クリというのは拾うたらさっさと水に漬けるなり茹でるなりせんと、虫がわく。いつまでも置いておけるもんやないんやな。
若いもんが家を出ようとしているところに、昨日、クリの売り方を教えた男がなにやら包みを抱えてやってきた。
「おまはん、昨日はくたびれ儲けやったな。今日こそはもうちぃとマシな儲けをしてもらわなならん。ここに茶があるよって、これを持っていき。茶みたいなもんは軽いもんやさかい、なんぼの荷にもならん。ええか、茶かって、呼ばわらんと売れへんで。茶はいらんかと、こう呼ばわるんやで」
若いもんは、へえへえと茶を荷の中に入れた。さて、家を出たところで、この家の婆さんに会うた。婆さんはいかきに見事なカキの実をいっぱい持っている。
「あんた、これから京へ行くんか。ちょっと荷物にはなるけどな、今年初物のカキがとれたよって、これはええ値に売れるじゃろう。どうにか持っていかんか」
と、こう言うた。若いもんは、へえへえとカキを荷の中に入れた。
さて、老の坂を越えて京に入る。西の京を抜けてだんだんと町中に入ってくると、大勢の人じゃ。京というところは年がら年中お祭りをやっておるようなもんじゃと、男は思うた。
そろそろこのあたりと見定めた男は、大きな声で呼ばわりはじめた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
通る人は、不思議そうに男を見た。男は、ここでくじけてはまたくたびれもうけと、もっと大きな声をはりあげた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
けれど、茶を買いたいとか、クリをくれとか、カキが欲しいという人は現れない。それでも男はがんばった。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
そのうち、小さな子どもがおもしろがってあとをついてきた。そして、手を叩きながら、
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
と、男に声を合わせた。子どもらは次々にやってきた。そして、男のあとにぞろぞろと続きながら、
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
と、はやしたてた。
そのすがたがあまりにこっけいで、町の人たちが立ち止まって眺めるようになった。そのうちに子どもに混じって、大人も一緒におどり始めた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
だれかが太鼓を持ち出した。賑やかな囃子の中、誰もが陽気におどって歩いた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
若いもんは、だんだん楽しくなってきた。そう、これが京の町だ。おどりながら、唄いながら、男は心の底が抜けたような気持ちになった。毎日の仕事とは、まったく別な世の中に迷い込んだ気持ちになった。
やがて日が暮れて、へとへとになって男は家に戻った。
「少しはクリは売れたんかい」
クリもカキも茶も、ひとつも売れなかった。それでも若いもんは、にっこり笑った。
くたびれもうけも、たまにはいいものかもしれない。