子どものためのおはなし
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ちゃっくりかき

2/28/2011

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丹波というところは、うまいもんがたくさんとれる。マツタケやタケノコはすぐ隣りの京料理には欠かせんもんやし、小豆や黒豆もほかにはないよいものがとれる。丹波グリは大粒で喜ばれるし、丹波のお茶は宇治に運ばれて宇治茶に化けて売られている。猪の肉も有名なボタン鍋やな。
さてさて、この丹波のむらでクリがようさんにとれたんで、むらの若いもんに「クリ売ってこう」と、たのむことになった。この男、峠を越えればそこやというのに、まだ京の都を知らなんだ。そこで、「こうこう道を行けばよい」と教えられて、朝の早うにクリをかついで老の坂を越えた。
日が暮れて、とぼとぼと帰ってきたこの男に、「どないやった」と聞いたら「あかん、だれも買うてくれへん」と、こう言う。「どこへ行て売ったんや」とか、「どないして売れんことがあろうか」と、いろいろ問いただしてみると、なんや、この男、なあんも言わんとただだまあって、町の中を歩いておっただけらしい。
「それでは売れんで。たとえおまはんが担いでいるのがクリやとわかっても、それが売りもんかどうかまではわからへん。どこか決まった先があって持っていくだけかなあと思われるのが関の山じゃ。大きな声で呼ばわんかい」
「呼ばうというても、どないしたらええんやろ」
「おまはんも、町では物売りを見たやろう。同じようにやったらええんや。クリを売るんやから、クリ、クリ、クリはいらんかと、このように呼ばわればええんやないか」
ということで、次の日、この若いもんはもういっぺんクリを売りに行くことになった。なにせ、クリというのは拾うたらさっさと水に漬けるなり茹でるなりせんと、虫がわく。いつまでも置いておけるもんやないんやな。
若いもんが家を出ようとしているところに、昨日、クリの売り方を教えた男がなにやら包みを抱えてやってきた。
「おまはん、昨日はくたびれ儲けやったな。今日こそはもうちぃとマシな儲けをしてもらわなならん。ここに茶があるよって、これを持っていき。茶みたいなもんは軽いもんやさかい、なんぼの荷にもならん。ええか、茶かって、呼ばわらんと売れへんで。茶はいらんかと、こう呼ばわるんやで」
若いもんは、へえへえと茶を荷の中に入れた。さて、家を出たところで、この家の婆さんに会うた。婆さんはいかきに見事なカキの実をいっぱい持っている。
「あんた、これから京へ行くんか。ちょっと荷物にはなるけどな、今年初物のカキがとれたよって、これはええ値に売れるじゃろう。どうにか持っていかんか」
と、こう言うた。若いもんは、へえへえとカキを荷の中に入れた。
さて、老の坂を越えて京に入る。西の京を抜けてだんだんと町中に入ってくると、大勢の人じゃ。京というところは年がら年中お祭りをやっておるようなもんじゃと、男は思うた。
そろそろこのあたりと見定めた男は、大きな声で呼ばわりはじめた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
通る人は、不思議そうに男を見た。男は、ここでくじけてはまたくたびれもうけと、もっと大きな声をはりあげた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
けれど、茶を買いたいとか、クリをくれとか、カキが欲しいという人は現れない。それでも男はがんばった。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
そのうち、小さな子どもがおもしろがってあとをついてきた。そして、手を叩きながら、
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
と、男に声を合わせた。子どもらは次々にやってきた。そして、男のあとにぞろぞろと続きながら、
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
と、はやしたてた。
そのすがたがあまりにこっけいで、町の人たちが立ち止まって眺めるようになった。そのうちに子どもに混じって、大人も一緒におどり始めた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
だれかが太鼓を持ち出した。賑やかな囃子の中、誰もが陽気におどって歩いた。
「ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか。ちゃっくりかき、ちゃっくりかき、ちゃっくりかきは、いーらんか」
若いもんは、だんだん楽しくなってきた。そう、これが京の町だ。おどりながら、唄いながら、男は心の底が抜けたような気持ちになった。毎日の仕事とは、まったく別な世の中に迷い込んだ気持ちになった。
やがて日が暮れて、へとへとになって男は家に戻った。
「少しはクリは売れたんかい」
クリもカキも茶も、ひとつも売れなかった。それでも若いもんは、にっこり笑った。
くたびれもうけも、たまにはいいものかもしれない。
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こぶとり爺さん

2/25/2011

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昔むかし、ちょっと太ったお爺さんがいました。小太りなので、小太り爺さんと呼ばれていました。というのはウソですよ。これは昔から有名なおはなしです。そうですよ、右のほっぺたに大きなコブがあるお爺さんが、あるところに住んでいたんですね。
近頃では、コブどころかデキモノひとつ見かけることも少なくなりました。それでも年をとると、シミができたりイボができたりしやすくなるんですよ。イボというのは痛くも痒くもないんですけど、皮がぷくっと膨らんでしまうんですね。コブも、痛くも痒くもありません。イボよりもずっと大きな膨らみです。タンコブとはちがいます。タンコブは次の日にはひっこみます。コブは、いつまでも引っ込みません。アテローマといって、お医者さんに切り取ってもらうこともできるそうです。けれどむかしは、そのまんま放っておいたんですね。コブで死ぬことはありませんから。
死ぬことはありませんけれど、うっとうしいものですよ。とくに顔なんかにできたらやっかいです。あんまりひどいと、差支えがでます。目のまわりにできたらものが見えにくくなりますし、口の近くにできたらものを食べにくくなります。だから、むかしの人でもできることならとってもらいたかったんでしょうね。
さて、山の中の小さなむらに、右のほっぺたに大きなコブのあるお爺さんが、お婆さんと一緒に仲良く暮らしていました。このお爺さん、ある日、山仕事に出たんですね。だいたいが、山のむらに住む人は、田畑の仕事だけでは生きていけません。山から薪を切ってきたり、山で炭を焼いたりして、暮らしの足しにするんですね。もちろんキノコや山菜みたいな山の恵みもありますし、中には猪や鹿をねらう山猟師や大きな木を材木に切り出す木こりみたいな人々もいましたけれど、そこまでいかなくても、山のむらに住む人は、なにかと山に用があったものですよ。そういうのをまとめて、山仕事というわけです。
山のむらに住む人は、だいたいが若い頃から山の中を歩き回っていますから、どこになにがあるのか、よく知っています。ただ、年をとってくると、若い頃に比べると身体が動かなくなってくるんですね。
この日、お爺さんは、お天気が怪しいなあと朝から思っていました。けれど、雨に濡れる前に引き上げようと思ったときにはもう遅かったんですね。このまま家まで急いでも間に合いません。その代わり、年をとるとちょっとのことではあわてなくなります。知恵もついてきます。近くに大きな木のウロがあったのをお爺さんは思い出しました。ウロというのは、木の真ん中のあたりがほら穴のようになったもので、炭焼きのために何度も何度も切られながら生きてきた古い木なんかにできることがあります。このウロで雨宿りをすればいいだろうと思ったんですね。
ウロは、かんたんに見つかりました。お爺さんが中に入ると、すぐにはげしい雨がふりはじめました。お爺さんはしばらく雨に濡れる落ち葉の様子を見ていましたが、やがて、その雨の音を聞きながらウトウトと眠りこんでしまいました。
目が覚めたのは、もう真っ暗になってからでした。はじめ、お爺さんは自分がどこにいるのかわかりませんでした。そのうち、木のウロの中で雨宿りをしていたことを思い出しました。夜の山は危ないところですけれど、そこは山のことをよく知っているお爺さんです。ゆっくり歩いて家まで戻ろうか、それともここは一晩野宿したほうがいいだろうか、とにかくいちどウロから出ようと、腰を伸ばしながら考えました。きっとお婆さんは心配していることだろうと、そんなことも思いました。
そのときです。何かざわめく音がします。なにやらゆらめく明かりも見えます。お爺さんは、あわててウロの中に引っ込みました。なにしろこんな山の中です。暗くなってから人がやってくるようなところではないのです。盗賊や山賊といった者どもであろうかと、お爺さんはこわごわのぞいてみました。いえ、それどころではありません。
木のウロからいくらも離れていない、少し広くなったところに、焚き火が燃えています。そのまわりに座っているのは、見たこともない恐ろしい姿の者どもでした。こっちに一つ目がいると思えば、あちらには三つ目がいます。腕が胸から出ている者がいるかと思えば、こちらの者には尻尾があります。角の生えた男が、太い薪を火の中に放り込みました。お爺さんは、あわてて首を引っ込めました。
逃げ出そうにも、このウロから出れば、たちまち見つかってしまうでしょう。あんな恐ろしい者どもにつかまったら、何をされるかわかりません。お爺さんは、動くこともできず、小さくなって震えていました。
化け物どもは、どうやら酒盛りをはじめたようです。賑やかな声が聞こえます。そのうち、誰かが歌を唄いはじめました。ほかの者も声を合わせます。拍子をとる音も聞こえます。
お爺さんは、そっとのぞいてみました。焚き火のまわりでは、こっけいなおどりがはじまっています。さっきまで恐ろしく見えた見慣れない身体つきや顔つきが、炎に浮かんで思わぬ笑いを誘います。お爺さんは、われを忘れて見とれてしまいました。
新しい歌が始まりました。お爺さんはたまらず、おどりはじめていました。三つ目の大男がこっちを見たのに気がつきましたけれど、もうかまわないという気になってきました。そのままおどりながら、焚き火の近くまで行きました。気がつくと、化け物たちといっしょになって、唄いながらおどっているのでした。
歌は、不思議な力をもっていますよ。これは本当です。言葉の通じない外国に行っても、いっしょに歌を唄ったりおどったりして仲良くなることができます。同じことですね。お爺さんは、唄っておどって、この怪しい者どもとすっかり仲良くなったのでした。
やがて、東の空が白んできました。朝がやってきます。化け物たちは、焚き火を消すと、森の中へ動きはじめました。尻尾の生えた小男が、角が二本ある赤ら顔と話しながら、お爺さんのところにやって来ました。お爺さんも二人の方へ歩きはじめました。このまま一緒に森の中へ行くのがあたりまえのような気がしました。
けれど、そのとき、お爺さんは、家で待っているお婆さんのことを思い出しました。そして、あわてて、自分は家に帰らなければいけないのだと、二人に向かって言いました。
二人は顔を見合わせました。それから、恐ろしい顔でお爺さんに近づいてくると、いきなりお爺さんの右のほっぺたのコブをつかみました。あっと思う間もなく、お爺さんのコブはとれてしまいました。二人の化け物は、お爺さんを睨むと、くるっと背を向けて森の中に消えました。
お爺さんは、コブのあったところをそっとなでてみました。つるんとして、きれいにコブは消えています。傷口もなければ、痛くもありません。けれど、いつまでも不思議がっていてもしかたないので、おじいさんは明るくなった山の道を急いでお婆さんの待つ家まで帰ったのでした。
さてさて、お爺さんの家の隣に、もうひとり、左のほっぺたにコブのあるお爺さんが住んでいました。この左のコブのお爺さん、右のほっぺたにコブのあったお爺さんのコブがきれいになくなっているのを見て、うらやましがりました。そして、どうやってとったのかと尋ねてきました。
「自分でもよくわからんのじゃ」
と、コブのなくなったお爺さんは言いました。
「あのまま化け物たちについていったほうがよかったのかもしれん」
左のコブのお爺さんは、コブのなくなったお爺さんがなぜそんなことを言うのかわかりませんでした。それでも、化け物にコブをとってもらったことはわかったので、その場所を詳しく聞きました。そしてある日、自分もコブをとってもらおうと、その木のウロに向かって、山を登っていきました。
さて、おはなしはこれだけです。左のほっぺたにコブのあるお爺さんは、いつまでたっても帰ってこなかったんですね。化け物に食べられてしまったのかもしれません。それとも、化け物たちと一緒に森の中に入って、森の中でいまでも楽しく暮らしているんでしょうか。それは、もう確かめることもできないことですよね。そして、コブのなくなったお爺さんは、それからもときどき、あの森のあの場所まで行ってみたそうです。けれど、もうあの化け物たちに会うことは二度となかったということです。
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貧乏神と福の神

2/24/2011

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昔、あるところに貧しい百姓がおった。まめな夫婦であって、まだ暗いうちから起きてはたらく。田植えや稲刈りの頃などはわらじも脱がずに寝てしまうほど、はたらく。けれど、いくらはたらいても、貧しかった。椀にも膳にも事欠いて、ひとつお膳のひとつ茶碗から二人で飯を食うというありさま。それでも仲のよい夫婦であったので、それはそれなりにしあわせであったのであろう。
ある年越しのつごもりのことだ。貧しい二人にはこれといってすることもない。いつものように仕事をして、日も暮れかけたので今年も仕舞いにするべしと片付けはじめておったところに、みすぼらしいなりをしたやせた男が門口に立った。
「どなたですかいな」
と、この主が聞けば、
「申し訳ないけども、ここに居させてくれまいか」
と答える。嫁が出てきて
「どなたでございますか」
と尋ねると、やっぱり
「すまないのですが、ここに居させてもらえまいか」
と、こう答える。
夫婦は不審に思ったが、こんな時分から余所に行くのもかなわんじゃろうと合点して、
「それならば、なにもないところではあるが、入りなされ」
と、この男を招き入れた。
さて、夜になり、冷めた雑炊でもすするかと夫婦がなべをあけてみると、中は空っぽになっている。それならば芋でも蒸すかとおくどさんに火を入れようとすると、熾がない。それなら水でも飲むかと水瓶をのぞくと、いくらも残ってはいない。
客人の方を見ると、すまなそうにうなずいておられる。力なく笑うと、こう言った。
「わしは、貧乏神やでなあ」
さあ、夫婦は弱ってしまった。貧乏神にとりつかれてはかなわないと思った。ところがあいにくと、家の外は雪になった。いくら貧乏の神様でも、神様をこんな吹雪の中に追い出されるわけはない。しかたないので、その夜はひもじいのをがまんして、年を越した。
さて、次の朝になってみると、昨日の客人の姿はない。夫婦はやれやれとほっとして、わら仕事をはじめた。一区切りついて腰をのばすと、梁の上に見慣れない影があるのに気がついた。なんと、貧乏神様は、夜のうちに梁の上にすっかり落ち着いてしまわれたのだ。
「どうかそこから下りて、出ていってはくれまいか」
すると、貧乏神様は、気の毒そうな顔をして、
「わしらは年のうちは家移りはできないきまりでなあ」
と、おっしゃるのであった。
それは困るので、夫婦はなんとか貧乏神様におりていただこうとがんばった。ハタキではたいてみても、棒でつついてみても、そこは神様、なんともならない。
「これでは、くたびれもうけにしかならん。それより日のあるうちにせんなならんこともある」
夫婦はそう言い合って、その日はあきらめることにした。
それからしばらくは、毎日、頼んだり、拝んだり、脅したりしていたが、そのうち貧乏神様がそこにいるのにも慣れてしまった。どうせ年のうちには出ていかれないということであるのだから、あわてたところでどうしようもない。それよりも、春になれば籾の支度もせねばならない。田んぼも起こさねばならないし、せんざいものの苗も気になる。百姓は忙しくて、貧乏神様などにかかずらわってはおれないのであった。
それにしても貧乏神様の霊験はあらたかで、いくら忙しくはたらいてもちっとも暮らしは楽にはならない。とはいえ、もともとが貧しい暮らしであるからして、いつもより特別に苦しいわけでもない。
「やっぱり貧乏神様がおるとかなわんのう」
と、笑いながら、夫婦は毎日仕事に励むのであった。
そうこうするうちに夏の日照りも乗り越え、秋のとり入れも無事終わり、年の瀬がやってきた。このころになると、夫婦はすっかり貧乏神様のことなど忘れておった。いや、梁の上を見上げれば、確かにいつもそこに、遠慮がちに座っていらっしゃる。忘れるどころではない。けれどそれは、相変わらず米びつに米がないことと同じであって、ことさらにとりあげてどうこういうことではなくなっておったわけだ。
そして相変わらず貧しい夫婦は、年越しのつごもりのその日も、いつものようにはたらいておった。なにもない家であるから、かえって、世間のあわただしさなど、どこ吹く風である。日も暮れかけた、雪もちらついてきたというので今年も仕舞いにするべしと片付けはじめておったところに、丸々と太って機嫌のよい男が門口に立った。背中になにやら大きな袋を担いでいる。
「どなたですかいな」
と、この主が聞けば、
「今夜からわしはこの家に居させてもらう」
と、さもあたりまえのように言う。嫁が出てきて
「どなたでございますか」
と尋ねると、やっぱり
「今夜から、わしがこの家にいることになった」
と、こう答える。そして、背中の大きな袋をどん、っと足もとに置いた。
夫婦は不審に思った。そのとき、家の中から貧乏神様がしょんぼりとあらわれた。
「これはこれは、貧乏神様。お出ましとはめずらしい」
と、主が言うと、
「わしはこれから宿替えじゃ」
と、おっしゃる。
「どういうことでありますか」
と嫁が尋ねると、
「福の神様がいらっしゃったら、わしはここにはおられん」
と、太った男の方を恨めしそうに見る。
なるほど、これが福の神様であるかと、主は合点した。
「それで、この雪の中、どちらに行きなさる」
と尋ねると、
「もっと貧しい家を探すんじゃ」
と、哀れな声を出す。
夫婦は、気の毒になった。
「せめて雪がやむまでおらっしゃれ」
と言うてみたところ、福の神様が顔をしかめた。
「年が明けては家移りができん。さあ。さっさと移りなされ」
夫婦は顔を見合わせたが、やがて神妙に申し上げた。
「お言葉ではございますが、あなた様は後から参られたお方。こちらのお方様は先からおられます。ここは、先のお方様を追い出してあなた様をお迎えするというわけにはいかんのではありませぬでしょうか」
福の神様は、きょとんとした顔で主を見た。主は続けて言った。
「こちらは貧しいあばら屋でございます。どうして福の神様をお迎えすることなどできましょうか。身にあまることでございますので、どうかお許しを」
福の神様は、なかなか話が飲み込めない様子であったが、やがて腑に落ちない顔で、
「それでは、余所に行ってよいのだな」
と、念を押した。そして、首をかしげながら、雪の中を去っていった。
「さ、中に入りましょう」
と、貧乏神様に嫁が声をかけた。貧乏神様はきょとんとしていたが、やがてようすが飲み込めると、おいおい泣きだした。
「どうされましたか」
と、嫁が心配そうに聞くと、
「こんなに嬉しいことはありません」
と、頭をすりつけんばかりに喜んだ。
主のほうは福の神様を見送っておったが、ふと、足もとに大きな袋を福の神様が忘れていかれたのに気がついた。
「これは、忘れ物。さて、呼び戻したものか」
と、主が言うのに、貧乏神様が答えた。
「それは、この家への贈り物であります。ほかの家には持って行かれないものと決まっているので、福の神様も持っていけなかったのでしょう」
そこで主が袋を開けてみると、中には年越しのご馳走がぎっしりつまり、さらにその下に宝がごっそり入っている。そこで夫婦は、にわかに年越しの膳をいただくことになったが、
「どうか貧乏神様もお食べなされ」
と、貧乏神様に膳椀をすすめるのであった。
その夜、三人は腹一杯のご馳走を食べ、しあわせな夢を見て温かく休んだ。
さて、夜が明け、年が明けた。早起きをした夫婦は、貧乏神様の顔のつやがよくなり、一晩で少しは肉もついたのに気がついた。そこで、貧乏神様に勧めて行水を使ってもらい、髭を整え、福袋の中から取り出した新しい衣を着せかけた。貧乏神様にはなにやら威厳も備わって、去年までのおどおどしたところもなくなった。
夫婦はこの貧乏神様を神棚に祭って、その年も一生懸命はたらいた。はたらきがよかったおかげか、お天道様の具合がよかったのか、それとも福袋の宝のおかげであろうか、秋にはこれまでにないほどの豊作に恵まれた。その頃には貧乏神様も丸々と太り、機嫌もすっかりよくなった。もう貧乏神様などと申し上げては失礼に感じられた夫婦は、それからはこの神様を福の神様と呼ぶようになった。
そして、それからは、この福の神のいる家には、次々としあわせが舞い込み、子孫代々、末永く豊かに暮らしたということである。
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天の福と地の福

2/21/2011

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あるところに、正直であるが、貧しい男がおった。正直というと聞こえがいいが、どちらかというと融通のきかん、堅焼きの焼き冷ましのような男でなあ。あるとき、隣の者がちょっと鍬を貸してくれというので貸したら、泥だらけのままで返ってきた。ちいとは洗って返すもんじゃと言ったら、「いや、はじめについていた泥をもらいっぱなしではわるいと思うて、わざわざ泥をつけて返した」という。そんなことはせんでええんやと言うたのだが、今度、鎌を貸したら、ピカピカに研いで返してきた。感心なことと思ったら、なにやら桶いっぱいの汚い水も持ってくる。どういうことかと聞いたら、「研いで減った分をもらいっぱなしではわるい。研ぎ汁を返そう」という。なんとも堅い、堅すぎる男であった。
こんなことをしているから、この男、ひどく貧しかった。しかし、それを気にもせんと、毎日仕事に精を出しておった。
そういう真面目な様子を神様が見たんじゃろうな。ある夜、男は夢を見た。夢のなかで神様が、「ひとつお前に福を授けてやろう。近いうちに天の福がお前のところにやってくる。これはお前のものだから、はばからず受け取るがいい」と言われた。目が覚めて男は不思議な気持ちになった。そこで、庄屋様に、どういうものでしょうと尋ねてみた。すると、庄屋様は、神様がそういうのであれば受け取らなければいけないのだろう、と仰った。お寺の坊様に聞いても、「福は授かりものだから、受けておくがよい」と言われる。隣の者に聞いても、同じことを言う。そうであればそうなのだろうと、堅い男も得心をした。
そして何日かたったとき、畑を耕しておると、鍬が固いものに当たる。何だろうと掘り起こしてみると、小さな壺が出てきた。壺の蓋はきっちりと閉めてあったが、よく洗って周りのものをとりのけると、苦もなく開いた。中に入っていたのはたくさんの金の粒だ。男はしばらく頭をひねっておったが、やがてこの壺に元のようにきっちりと蓋をすると、ていねいに元のように埋め戻した。
これを隣の者が見ておった。この者は、悪気はない男ではあるが、お調子者でな。調子に乗ってすぐに遊んでしまうので、やっぱり金のない貧乏者であった。さて、このお調子者は、堅い男に向っていった。
「なにやらお宝が出たようだが、それはこのあいだ主が夢に見た天の福ではないのか。ならばなぜ埋め戻す。ありがたく受け取ればよいではないか。そして良い酒でも買って祝えばよいではないか」と。もちろん祝いがあれば隣のお調子者も招かれるはずである。お調子者は、涎が出そうであった。
けれど、堅い男はこう言った。「おれが授かるのは、天の福だ。この壺は地面から出てきたから地の福にちがいない。地の福を頂けるなんて話は聞いておらんから、これはもらうわけにはいかんよ」と。
お調子者がいろいろ言っても、堅い男の気持ちは変わらなかった。
日が傾いて堅い男が家に帰ると、お調子者は肩をすくめた。それから、堅い男の畑に入ると、さっきの壺を掘り返し始めた。「せっかくの授かりものの福をいただかないとは罰当たりめ!」とつぶやきながら。
やがて鍬は、壺に当たった。当たり所が悪かったのか鍬の刃は欠け、柄が折れた。それでもかまわず掘り続けると、さっきの壺が出てきた。お調子者はいそいそとそれを抱えて家に帰った。
さて、これで思いっきりうまいものが食えると、お調子者は喜んだ。そして、蓋を開けて、中の金の粒を数えようとした。ところがどうだ、金の粒と見えたものは、兎の糞の粒ではないか。お調子者はがっかりした。がっかりして、だんだん腹が立ってきた。そこで表に出ると、隣の堅い男の家めがけて、壺を投げつけた。
壺は、軒の隙間から、堅い男の家の中に飛び込んだ。梁に当たって砕け散った。砕け散って、中に入っていた粒も、壺のかけらひとつひとつも、みんな輝く金になって家の中にバラバラと落ち広がった。
飯を食っていた堅い男は、天井を見上げ、そしてあたりを見回した。
「今度は天の福が授かったわい」
そう言うと、黄金の粒を集め、それを大切に神棚にあげた。
お調子者の方は、折れた鍬だけが残った。祝いのことなど言う出す気にもなれず、そのまま寝込んでしまったそうな。
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朝の寝太郎

2/20/2011

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朝からぶらぶらと何もせんで寝ている男がおって、朝から寝てるんで、朝の寝太郎と呼ばれておった。寝太郎が寝ておれるのは、父様と母様が働き者であったからなのであるが、父様も母様も、もちろん、寝太郎が寝てばかりおるのをよいこととは思わなんだ。
「おまえさまは、人が働いておられるときに、だらだらと寝てばかりおる。それではお天道様に申し訳ないと思わんのか」と、父親が諭す。すると寝太郎は、「おれもそう思う」と、答えるのであった。
「それならば、起きて仕事に出よ」と、母様が言うと、「その前にやることがある」と、寝太郎は言うのであった。
さて、それならば「やること」とは何かと問うてみても、これがさっぱり要領を得ん。飯を食うことかと聞けば、飯はいらん、腹は減らんという。顔を洗うことかと聞けば、顔はおとつい洗ったという。厠に行くことかと聞けば、厠はさっき行ったところだという。仕事に行くのに他に何を先にすることがあるのかと不思議に思うのであるが、そんなことを聞いているうちにもお天道様は上ってくる。お天道様が高くなる前にひと稼ぎしなければ食うてはいけぬ。そこで父様も母様も、そそくさと働きに行く。寝太郎は床に戻って、またいびきをかく。
やがて子どもらがやってくる。子どもらでも、大きな子は親を手伝って働きに出る。寝太郎が寝太郎になる前には、寝太郎もそんなふうに親を手伝ったものであった。なにしろこのあたりといえば、近くに田んぼがない。水がこないから、田んぼがつくれない。だからみな、いっしょうけんめい働く。遠くの村まで小作に行くものもあれば、山の畑を耕すものもいる。そんな仕事では、いくら働いても楽にはならない。年がら年中、とにかく忙しくしていないと生きてはいかれない。生きていくために忙しくして、大きな子はそれを手伝うし、小さな子はもうほうっておかれる。母様の背中から下りて走り回れるようになったら、あとは留守居にほうっておかれる。
そんな子どもらが、寝太郎のところにやってくる。
「やーい、寝太郎、朝の寝太郎、昼の寝太郎」
子どもらは、はやしたてる。寝太郎は怒るでもなく、かといって笑うでもなく、寝床の中から子どもらを見ておる。
「穀潰しの寝太郎、タダ飯ぐらいの寝太郎」
子どもらは、言いたいだけのことを言う。
「あんたみたいになったらアカンって、父ちゃんが言うとった」
「あれはろくでなしの見本やでって、母ちゃんが言うとった」
子どもらは、遠慮もなしに言う。寝太郎は、そうか、そうかといって、また寝てしまう。

実は村にもう一軒、昼間から寝ていられる家があった。寝太郎の家の隣の長者どのである。働かずとものうのうと暮らしていけるだけのものがあるから、その気になれば昼間でも寝ていられる。もっとも、長者どのは、そんなことはしない。なにやら難しい本を読み、盆栽の手入れをし、庭の祠を掃き清め、そしてときには遠くからの客をもてなしたり、遠くの集まりにでかけたりと、それはそれはゆったりと日々を過ごしておられる。長者どのだけでない、長者どのの奥方も、娘ごも、みやびやかに暮らしておられる。娘ごは寝太郎と同じ年頃で、寝太郎がまだ小さい頃にはよく一緒に遊んだりもしたものであるが、この頃は顔も見合わせることがなかった。

さて、ある日、子どもらが、烏を見つけた。烏はめずらしいものでもないが、たまたま畑にはいって鳥避けの糸に足を絡ませたのである。動けず、バタバタともがいておった。子どもらは、どうしたものかと相談をした。けれど、大人はみな遠くまで働きに出て、誰もおらん。そのうち誰かが、長者どのならいらっしゃるはずと言った。すると、別の子どもが、長者どのに烏は殺せまいと言った。すると別の子どもが、ならば寝太郎を呼んでこいといった。寝太郎にも烏は殺せまいと、みな思ったが、長者どのよりはましじゃろうと、寝太郎が呼ばれることになった。
さて、寝太郎は起こされて、しぶしぶではあったが怒るでもなく、子どもたちに連れられてやってきた。そして、烏を見ると、しばらく腕組みをして考えた。それから家に戻って大きなかごを持ってくると、烏をすっぽりと入れてから、器用に足に絡まった糸を外した。それから子どもらの方を向くと、「烏はおれが預かった。あとは任せろ」と言って、かごを抱えてすたすたと家に帰っていった。
 子どもらの驚いたことに、なんと寝太郎は家に帰っても床に戻らなかった。それどころか、こざっぱりとした着物に着替えると、どこへやら出かけていった。そして、夕方まで戻らなかった。

さて、長者どのの家には楠の大木がある。あたりが暗くなった頃、寝太郎は何を思ったか、なにやら抱えてこの楠の木にそっと登っていった。そして、しばらく、じっとひそんでおった。
やがて、長者どのの女中が雨戸を立てに縁先に出てくる。そのとき、寝太郎は、提灯に小さな灯りをつけた。
さて、楠というのは実に葉のよくしげる木である。木の葉の間からちらちらと灯りは漏れるが、何がいるのかわからない。縁側の女中は、この灯りに気がついたが、気味悪く思って、急いで雨戸を立ててしまった。しばらくして家が静まったのを確かめてから、寝太郎はそっと灯りを消して、ゆっくりと木から下り、家に帰っていつものように寝てしまった。
さて、翌晩も、やはり同じ刻限に、寝太郎は、同じように楠の木に登った。そして、同じように、女中が雨戸を立てるときに、提灯に灯りをともした。女中はやっぱり気味悪がってさっさと雨戸を閉めた。けれど、恐ろしくなって主人の長者にこのことを話した。
さて、次の日には、何者かが長者どのの屋敷に現れるという噂でむらじゅうがもちきりになった。中には例の楠の木に登ってみる者もいたが、何も変わった様子はない。そうこうするうちに夜になった。いつもの、雨戸を閉める刻限である。やはりいつものように女中が雨戸を立てに現れたが、その後ろにはそっと長者どのも控えておられた。庭のあちこちには、むらの者たちもこっそり隠れている。怪しい光をこの目で確かめようというのである。
女中が雨戸に手をかけたそのときである。厳かな声が響いた。
「この家の主に伝えよ」
思わず長者どのは、縁側に膝を進めた。庭にいる者どもは、声がどこから聞こえるのかを確かめようと耳を傾けた。
「この家の主に、福を授けよう。その福は、娘に婿をとればやってくる。婿は、隣の家からとるがよい」
庭にいる者どもがあたりを見回しているそのとき、楠の木のあたりでガサガサと音がした。おや、と思ってそっちを見ると、どこからか光が空をとんだ。皆が見ている目の前で、光は空高く舞い上がると、西の空に向かって飛び、やがて見えなくなった。
「あれは西の山の天狗さまにちがいない」と、誰かが暗闇の中で言った。
「西の山の天狗さまのお告げが下ったぞ」と、誰かが叫んだ。
「長者どのに福がくる」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
暗闇から、むらの者たちが縁先に集まってきた。長者どのはぼんやりと西の空を見上げていたが、やがて照れくさそうに笑うと、「今夜のことは誰にも言わぬように」と、小さな声で皆に言った。
けれど、人の口に戸は立てられぬもの、噂はたちまち広がった。布団にくるまっている寝太郎のところまでも聞こえてきた。
寝太郎はというと、いくら寝ても寝たりない。なぜなら三日も続けて夜ふかしをしたのだから。最初の二晩は提灯をもって隣の家の楠の木に登り、三日目の晩には塀のこちら側にひそんで、重々しい声で「福を授けよう」としゃべった。それから楠の木に向かって石を投げ込んでおいて、提灯を結わえ付けた烏を空に放してやったわけだ。烏はうまい具合に飛んでいってくれたし、火事にもならなかったようで一安心だ。あとはゆっくり眠りたいだけ寝ていたい。
けれど、そうはいかないもの。昼過ぎになって、長者どのから使いが来た。寝太郎は父親への言伝をあずかったが、もう中身は知れている。長者どのの隣の家といえばここしかない。池をはさんだ向こうには娘しかおらん。婿をとるにはここしかない。
そして話はどんどん進み、やがて寝太郎は長者どのの婿になった。長者どのの跡取りとなれば、朝からのうのうと寝ていられるか。ところがどうだ。婿入りの日から、寝太郎は一切朝寝をしなくなった。それどころではない。誰よりも早くから起き出すと、西から東へとむらのまわりを細かに調べはじめた。
そしてある朝、長者どのに向かって、こう申し上げた。「上のこの沢に堰をして、この尾根を回り込んで用水を引き、ここに池をしつらえて、この茅原を開くならば、むらのすぐそばに新田が開けるでありましょう」と。
長者どの、あまりに大きな話に度肝を抜かした。けれど、熱心な寝太郎の言葉に大きく頷いた。
やがて普請がはじまると、寝太郎はだれよりもよく働いた。働いて、働いて星が出るまでは家に戻らなんだ。
ようやく水が流れ、新田が開けたとき、寝太郎は父様、母様に向かって、「ようやく、やることが済んだ」と言った。そして、それからは、もう朝寝などせずに、仕事に精出すようになったということだ。
長者どのも、こんな働き者の婿どのをもらって、福が来たと思わなかったわけはなかろうな。
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田んぼに埋めた金

2/19/2011

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むかし、あるところにお百姓がおった。働き者であったが、病に倒れて、もう長くもなかろうと、自分でもそう思うようになった。そこでこのお百姓、三人の息子を呼んで、こう言い残した。
「おまえらのために、言っておく。金は、田んぼに埋めてある」
そして次の朝には冷たくなっておった。
さて、家を継ぐのは長男である。長男は、父親の言葉を思い出した。そして、刈り入れの済んだ秋の田んぼに行ってみた。けれど、広い田んぼのどこに金を埋めたのか、さっぱりわからない。そこで、端から順々に鋤を使って深く、深く掘り返した。田んぼ一面をすっかり掘り返した。
けれど、どこにも金の埋まっている様子はない。そこで長男は、すっきりとあきらめた。父親は、死に際のうわ言を言ったにちがいないと、金のことはあきらめることにした。そして、金もないような家なんか継いでもしかたないと、家も田んぼも次男に残してどこかへ行ってしまった。
田んぼを残された次男は、父親の言ったことをもう一回とっくりと考えてみた。そして冬の田んぼに出てみた。兄の掘り返した田んぼには、土くれの大きなかたまりがごろごろしている。これではだめだと、次男は考えた。この大きな土のかたまりのどこかに、金が隠れているかもしれないではないか。そこで、鍬をとってきて、土くれを細かく、細かく砕き始めた。一冬かかって、すっかり細かにこなしてしまった。
けれど、どこにも金の埋まっている様子はない。そこで次男も、すっきりとあきらめた。やっぱり親父は、死に際のうわ言を言ったにちがいないと、金のことはあきらめることにした。そして、金のないような家なんか継いでもしかたにと、やっぱりどこかに行くことに決めた。
最後に残された末息子は、春の田んぼにたって親父様の言ったことをとっくり考えた。考えて、考えて、やっぱりわからなかった。
それでも、田んぼは目の前にある。兄たちが起こしてくれた田んぼがある。そこで弟は、田んぼに水を張ってみた。よく耕された水は、少し代をかくだけで、とろとろのいい泥になった。
そして、その秋には、いつもよりもずっと豊かな実りがあった。兄たちが深く耕してくれたおかげであった。
年貢を納め、要る分をのけても、まだまだたくさんの米が残った。そこで弟は、この米を売って、それほど多くはないけれど、いくらかの金を手に入れることができた。
やはり田んぼに金は埋まっていたのだと、弟は親父様に感謝したのであった。

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    えっと、作者です。お楽しみください。はい。

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